2 / 58
第1話 目を開けたらそこは。
目をギュッと瞑り、衝撃に備えてハンドルを握って頭を固定し、身体を伏せた形で身構えてから、どのくらい時間がたったのか。30分?、10分?、いやいや5分くらいか?。まだ衝撃は来ない。
目を開けても良いかな?。
開けた瞬間痛くなったら嫌だ。
目を開けたら負けだ!。と言う気概で目蓋に力を込める。
でも、いつまで、瞑っていれば良い?。
俺はそんなことを思いながら、しばらくの間ハンドルにしがみついたまま、身体を固くしていたが、目をずっと瞑っているのもなんだか怖い気がしてきた。
そうだよ、目を閉じていたら、何事もはじまらないよね。
目蓋の力を抜き、そっと薄目を開けてみる。
よし、眩しくない。
俺は再び目を閉じると、ハンドルを握る指の力を抜いて、身体をそーっと起こしてみる。
座席のシートに背中を預け、深呼吸をして、今度は、しっかりと周囲を確認しようと、大きく目を開いてみた。
「うわ、綺麗。」
俺は、思わず身を乗り出してしまった。
フロントガラス一面に見えるのは、綺麗な星空。
それは、日頃よく見る星空ではなく、宇宙を感じさせる漆黒の空に金、銀、赤、青に輝く星空の様で、光がチカチカと散らばりとても綺麗だった。
「綺麗な星空だけど…。」
俺はしばらく美しい星空に見惚れていたけれど、頭の中に繰り返し浮かんでくる思いを無視できなくなって、次を考えたくないのに、考えてしまった。
「ここは、どこだろう?。」
こんな綺麗な星空は、なかなか見られるものではない。
と、言うことは、ここは西宮こども園の駐車場ではないということで。
こども園の駐車場なら、真正面には壁があるはずだし、外灯がないのもおかしい。
どうしよう。
車から出て確かめてみるべき、なのだろうけれど。
車の中から外を覗いた限り、見えるものは枝と葉っぱ。葉が風に揺れているのが星明かりでも見える。
「枝と葉っぱって、どんな状況?。車で突っ込んでしまったのかな?。事故ったのか?。」
俺は自分の気持ちを落ち着かせたくて、つい、言葉に出してしまう。
「とりあえず、外に出てみようか。」
俺は、そーっと車のドアを開けてみた。ガチャッと言う音がいやに大きく聞こえて、肩が跳ねてしまう。
ドアを開けた瞬間、ルームライトが点灯して車内が明るくなる。
「虫の声、うるさ。」
ドアを開けた瞬間、虫の大合唱が俺の耳に飛び込んできた。
リリリ、リーンリーン、ジージージー、ギスギスギス。
何の虫かはわからないけれど、最近園で歌い始めた、虫の声の歌が自然と頭に浮かぶ。
「あ、気持ちいい風。良い匂い。」
夜の冷たい空気が入ってきた。森の匂いもする。緊張から額に汗をかいていたんだろうか。少し冷たい風がおでこや頬を撫でるのが、ちょっと気持ちいい。
自然の、森の香りに鼻腔をくすぐられ、肺いっぱいに空気を吸い込み、深呼吸をした。
それから、車から降りようと、足元を見る。
「足元に地面がないよ…。」
ドアの下からも風が舞い込んでくる。ついでに枝が擦れ合う、カサカサと言う音も下からも聞こえる。
「そこは草原の葉っぱの音が聞きたかったよね。いや、草原でも困るけども。」
座席から下を覗くと、木の枝が張っているみたいだ。木の枝の下に地面らしきものがあるのかは、暗くて良く見えない。
見えないと言うことは、ここは木の上なのかな?。
「下に降りる勇気が出ないな。」
俺は思わずため息をついてしまった。
「本当に、どうなってるのかな?。夢、じゃないよなぁ。」
俺は夢と思いたいけれど、冷たく心地良い夜風と森の匂いと、鼓膜を刺激する虫の声が、俺の夢説を全部否定してくる。
「拉致、誘拐、夢遊病、国家的犯罪事件?、神隠し、宇宙人の誘拐、瞬間移動?、どこで○ドア?。…。」
思いつくまま可能性を考える。
「いやいや、可能性って。ね。いくらなんでもないよねー。」
でも、この変な状況は普通ではないことだけはわかる。はっきり言って、異常事態だ。
「あ!、そうだ。雄吾!。」
俺は期待を込めて、スマホを手に取り電源を入れた。画面が不意に明るくなり、俺は眩しさから目をすがめた。
「うぇ、そうくるか。」
画面には、無情にも通信エラーの文字が映し出されていた。
まるで俺の気持ちを代弁してくれるように、ルームランプも自動消灯して、辺りは再び闇に包まれてしまったのだった。
ともだちにシェアしよう!