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第1話 目を開けたらそこは。

 目をギュッと瞑り、衝撃に備えてハンドルを握って頭を固定し、身体を伏せた形で身構えてから、どのくらい時間がたったのか。30分?、10分?、いやいや5分くらいか?。まだ衝撃は来ない。  目を開けても良いかな?。  開けた瞬間痛くなったら嫌だ。  目を開けたら負けだ!。と言う気概で目蓋に力を込める。  でも、いつまで、瞑っていれば良い?。  俺はそんなことを思いながら、しばらくの間ハンドルにしがみついたまま、身体を固くしていたが、目をずっと瞑っているのもなんだか怖い気がしてきた。  そうだよ、目を閉じていたら、何事もはじまらないよね。  目蓋の力を抜き、そっと薄目を開けてみる。  よし、眩しくない。  俺は再び目を閉じると、ハンドルを握る指の力を抜いて、身体をそーっと起こしてみる。  座席のシートに背中を預け、深呼吸をして、今度は、しっかりと周囲を確認しようと、大きく目を開いてみた。 「うわ、綺麗。」  俺は、思わず身を乗り出してしまった。  フロントガラス一面に見えるのは、綺麗な星空。  それは、日頃よく見る星空ではなく、宇宙を感じさせる漆黒の空に金、銀、赤、青に輝く星空の様で、光がチカチカと散らばりとても綺麗だった。 「綺麗な星空だけど…。」  俺はしばらく美しい星空に見惚れていたけれど、頭の中に繰り返し浮かんでくる思いを無視できなくなって、次を考えたくないのに、考えてしまった。 「ここは、どこだろう?。」  こんな綺麗な星空は、なかなか見られるものではない。  と、言うことは、ここは西宮こども園の駐車場ではないということで。  こども園の駐車場なら、真正面には壁があるはずだし、外灯がないのもおかしい。  どうしよう。  車から出て確かめてみるべき、なのだろうけれど。  車の中から外を覗いた限り、見えるものは枝と葉っぱ。葉が風に揺れているのが星明かりでも見える。 「枝と葉っぱって、どんな状況?。車で突っ込んでしまったのかな?。事故ったのか?。」  俺は自分の気持ちを落ち着かせたくて、つい、言葉に出してしまう。 「とりあえず、外に出てみようか。」  俺は、そーっと車のドアを開けてみた。ガチャッと言う音がいやに大きく聞こえて、肩が跳ねてしまう。  ドアを開けた瞬間、ルームライトが点灯して車内が明るくなる。 「虫の声、うるさ。」  ドアを開けた瞬間、虫の大合唱が俺の耳に飛び込んできた。  リリリ、リーンリーン、ジージージー、ギスギスギス。  何の虫かはわからないけれど、最近園で歌い始めた、虫の声の歌が自然と頭に浮かぶ。 「あ、気持ちいい風。良い匂い。」  夜の冷たい空気が入ってきた。森の匂いもする。緊張から額に汗をかいていたんだろうか。少し冷たい風がおでこや頬を撫でるのが、ちょっと気持ちいい。  自然の、森の香りに鼻腔をくすぐられ、肺いっぱいに空気を吸い込み、深呼吸をした。  それから、車から降りようと、足元を見る。 「足元に地面がないよ…。」  ドアの下からも風が舞い込んでくる。ついでに枝が擦れ合う、カサカサと言う音も下からも聞こえる。 「そこは草原の葉っぱの音が聞きたかったよね。いや、草原でも困るけども。」  座席から下を覗くと、木の枝が張っているみたいだ。木の枝の下に地面らしきものがあるのかは、暗くて良く見えない。  見えないと言うことは、ここは木の上なのかな?。 「下に降りる勇気が出ないな。」  俺は思わずため息をついてしまった。 「本当に、どうなってるのかな?。夢、じゃないよなぁ。」  俺は夢と思いたいけれど、冷たく心地良い夜風と森の匂いと、鼓膜を刺激する虫の声が、俺の夢説を全部否定してくる。 「拉致、誘拐、夢遊病、国家的犯罪事件?、神隠し、宇宙人の誘拐、瞬間移動?、どこで○ドア?。…。」  思いつくまま可能性を考える。 「いやいや、可能性って。ね。いくらなんでもないよねー。」  でも、この変な状況は普通ではないことだけはわかる。はっきり言って、異常事態だ。 「あ!、そうだ。雄吾!。」  俺は期待を込めて、スマホを手に取り電源を入れた。画面が不意に明るくなり、俺は眩しさから目をすがめた。 「うぇ、そうくるか。」  画面には、無情にも通信エラーの文字が映し出されていた。  まるで俺の気持ちを代弁してくれるように、ルームランプも自動消灯して、辺りは再び闇に包まれてしまったのだった。

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