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第3話 そこは森でした。
俺が目を覚ますと、そこは車の中だった。毛布を被って寝ていたはずなのに、暑かったのか、毛布は膝下に落ちていた。
「やっぱり夢じゃなかったか。」
俺は身体を起こして、外を覗いてみた。車の周囲は細い枝と葉っぱが垂れていて、その隙間から夜が明けたばかりの空が見えている。
「柳かと思ったけど、桜かな?。ごめん桜の木。」
枝の垂れ具合から、柳っぽいと思っていたけれど、この葉は桜っぽい。
桜の木は傷つけるとそこから痛みやすいから、俺の車がこんなことになって、この木が傷つかないわけがない。これが原因でこの木の寿命を縮めてしまうのが、ひどく申し訳なく感じた。
俺はダッシュボードに放っておいたスマホを起動してみる。やはり通信エラー。着信なし。時間は5時5分。バッテリーは92%。
期待しないわけにはいかなかった分、吐き出す息の量も多い。
車のドアを開けて、下を覗くと、ちょうど下に太い枝が張っていた。どうやら俺の車は枝に引っ掛かるように、乗っかっているみたいだ。
ここからひょいと飛び降りられる気が全くしない。7、8mくらいの高さがありそうだ。
「さて、どうしよう。とりあえず夢じゃなかったしね。うん、知っていたさ。」
こうなったら仕方ないよね。いつまでもここにはいられないだろうし。とりあえず、地面を踏むことを今後の目標にしよう。その次にここを出て、スマホの電波の届くところに行って、助けを呼ぼう。
プランができたなら、あとは実行あるのみだ。俺は車が傾かないように、ゆっくりと慎重に、後部座席に移動して、トランクに置いてあるキャンプセットのケースの蓋を開けた。
ロープを探しだして、トレランのバックパックを掴むと運転席に急いで戻った。
へたに体重を移動させて車が落ちてしまったら、と、想像すると怖すぎる。
直径11㎜の太さのロープは、登山用で、俺が持っている一番太いロープだ。登り降りがしやすいように適当に縛って瘤をいくつか作ってみる。
それから、車内の牽引フックに引っ掻けてロープを垂らした。
バックパックの中にはトレランに必要な一式が入っている。俺はそこへスマホをしまうと、背中に背負って第一目標を達成するべく準備を整えた。
* * *
「やっぱりグローブ着ければ良かった。」
ロープの瘤を利用しながらなんとか下に滑り降りたは良いけれど、手のひらが真っ赤になって、じんじんする。
俺は手の熱を逃がすように、手のひらを振りながら改めて周囲を見回した。
「森。ですね。」
大きな桜の木を中心に、半径20mくらいの円を描くように広がるこの頂の空き地は、丈の低い雑草が生え揃った草原の様だけど、その向こうは背の高い木が重なりあっていて先が見通せないし、光が届かないのか、薄暗い。
木々の方に近づいて良く見ると、ところどころ光の筋が差し込んでいて、深い森なのだと言う印象をもつ。思わずマイナスイオンを感じ、一人でなければ、森散歩を楽しみたいところだが、森を抜ける方角も場所もわからない現状では、のんきに楽しむ気持ちにはなれない。
昔、雄吾と蒼士と3人で神社の裏山探検をした時に登った雑木林の頂上が、ちょうどこんな感じだった。ひたすら頂上を目指して登って、突然開けた頂。そこには山桜の木が一本だけあり、そよ風に花びらが舞い散っていて、とても綺麗で、ただただ3人でその神秘的な風景を見ていたんだ。
「まぁ、あの時は神秘的な桜の木って思い出だったけど、これは違うかな。」
確かに神秘的だけども、あの時と違うのは、桜の木が、俺の車を乗せてなお、動じずそこに立てるほどのめっちゃ巨木な桜の木。
いくらなんでもでか過ぎだろう。
こんなデカイ桜は有名な桜に違いない。
やばい、器物損壊で罰金、さらにニュースとかになってしまう。
俺の脳裏に、目元にモザイクがかかった俺と『保育士深夜の大暴走、樹齢○千年の桜の木を損壊』の見出しがよぎる。
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