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第12話 さ、寂しくなんか。
俺はその後、何事もなく、桜の巨木のある頂いただきに着いた。途中で出会う動物も、銀様もいなかった。
のんびりしてはいられない。雄吾も言っていたけれど、山の日の入り時間には要注意だ。思っていた以上にすぐ暗くなってしまうだろう。
その前にやらなければならないことは、今日探索したルートの地図作成と夕食確保だ。
夜の森は獣の活動も活発になるだろうから、車の中で寝た方が安全だろう。食事は、帰ってくるまでの間に調達できる物の発見もなかったので、携帯食を節約して食べることにした。
明日は、今日のルートまで走って行って、探索距離を伸ばしていこう。もし、明日ここを抜けられなかったら、車を捨て荷物を担いで、本格的に移動することになるだろう。
体力と非常食がもてば良いけれど…。
「あぁ!。やめやめ。ポジティブ大事!。
雄吾たちもきっと探してくれている。こんなところ、ヘリでパパッと救出してくれるかもしれないし!。」
俺は、月曜日には仕事に復帰するんだから。
俺は、今日着ていた服を桜の枝に引っ掛けて干し、昨日のもともと着ていた服に着替えると、毛布を被り、目をギュッと瞑った。
* * *
ピピッ、ピピッと、アラームが鳴り目が覚めた。
ここに来て2日目の朝、4時。まだ辺りは暗い。
俺は昨日干しておいた、トレラン用の服に着替え、周囲の様子を見る。
と、言っても、暗くて虫の声が聞こえてくることと、獣の気配がないことくらいしかわからなかった。
俺は、救助が来た時の想定をして、西の方角に向かって移動することと、だいたいのルートを記した紙を車のワイパーに挟んだ。それから下に降りると、柔軟体操をした。
よし!。走るぞ!。
気合いを入れて、西の方角ルートを目指す。
もしかしたら、銀様に会えるかもだしね!。
キャップを目深にかぶり、アラームをセットすると、俺は森に入って行った。
足元が暗いうちは、ヘッドライトで照らす。
俺は怪我をしないように、慎重に昨日の道を走る。
走ると行っても、道らしいものはないので、それほど速度は出ない。
日が昇ってきて、周囲も明るくなってきた頃、ガサガサッと言う音が聞こえた。
そう言えば、昨日も銀様と出会う前に、こんな音を聞いたんだった。
息を整え、そうっと音がする方に近づいてみる。ライトの明かりで俺の位置はまる分かりだから、また逃げられちゃうだろうな。
「え!。」
草むらを覗くと、そこには、こっちを見つめているウサギがいた。
ただし、このウサギ、黒い目が3個ある。
「キキキ!。」
ライトに照らされたウサギが鳴いた。
ウサギって鳴くんだったか?。
ウサギは前足を持ち上げ立ち上がる。
立ち上がると、2歳児くらい?、90㎝くらいに見えて、予想以上の大きさに驚かされる。
「キキキ!。キキキ!。キキキ!。キキキ!。」
ウサギはその場で何度も鳴く。
ガサッ、ガサガサッと茂みから、同じようなウサギが3羽現れた。
やっぱり3つ目だ!。
最初のウサギの近くに現れ、立ち上がると「キキキ!」と、鳴く。
俺はウサギに背を向け、刺激しないようにヘッドライトを切って、ゆっくり離れる。
俺は、はやる気持ちを抑え、移動する。
幸い辺りは明るくなって来て、ライトに頼らなくても良さそうだった。
ガササッ、ガササッと落ち葉を踏む音がする。
ウサギが追いかけてきているのだろうか。
ヤバい、ウサギを怒らせたか?。
辺りにウサギの「キキキッ。」と、言う鳴き声が木霊する。
俺が西へ向かおうとすると、ガサガサッと3つ目のウサギが10羽以上集まり、俺の進路を阻む。
俺は迂回するしかなく、次第に東へ、東へと追い詰められて行く。
なんなんだ?。何でウサギに追いかけられているんだ?。しかも3つ目って…。
ふと、俺の左側から嫌な気配がしてくるのに気がついた。
まるで昨日、初めて銀様に会った時みたいだ。
この、ぞわぞわ感。目を覚ましたあとは銀様から感じなくて、すっかり忘れていた。
どうして忘れていられたんだろう?。
ヤバい、今度こそ逃げなきゃ。桜の巨木に戻ろう。
心臓がバクバクと血液を送り始め、身体が熱くなってきた。焦燥感が募って、喉が渇く。
もとの道に戻ると、3つ目のウサギがまだいるかもしれないけれど、左から近づいて来るぞわぞわに比べれば、些末なことだ。
俺は速度を早め、もと来たルートを引き返した。
それでも俺は、実は少しだけ期待していたんだ。
銀様が近づいて来る気配なんじゃないか?って。
ぞわぞわ感がピークになり、逃げなきゃって思いつつ、俺は振り向いた。
そこには大きな大きな、赤い毛のサルがいた。
俺が恐怖のあまり大声を出すと、サルの拳が俺のおなかに入り、俺の身体はあっけなく後ろにふっ飛んだ。
顔は日本猿と言うよりもチンパンジーみたいだ。日本に野生のチンパンジーがいるんだろうか?。そして、そのサイズもゴリラより一回り以上でかいのではないだろうか?。
動物園から逃げ出して野生化したのか?。銀様といい、こいつといい、でかくないか?。
ぞわぞわ感はまだ継続中で、なぜか身体が熱い。俺の頭の中には警鐘が鳴り響いている。
腹パンされたおなかも痛いけれど、木にぶつけた身体も痛くて、痛みとその衝撃で、俺は意識を手放してしまった。
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