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第16話 コウモリマークの袋
俺が途方に暮れていると、銀様がさっき座っていた木の根本から、革製の袋を咥えてきた。
俺の愛用しているバックパックよりも二回りくらい大きい袋だ。
袋にはコウモリのマークが付いていた。
「こ…、ごほっ、は…、ごほっ、けほっ…。」
銀様に話しかけようとしたら、むせてしまって、声がうまく出ない。
「…あ、ごほっごほっ、は…、ふ…、こほっこほっ。」
声を出そうとすると、空気の方がたくさん抜けてしまい、音になりにくい。無理に出そうとするとむせてしまう。むせると身体に力が入って、傷が痛い。
え…俺、声が出なくなっちゃったのか??。
ストレス過多。
そんな単語が頭をよぎる。
もし、そうなら、今、じたばたしても仕方ないのかも。
まぁ、どうせ人なんていないし…。もしも、人に出会えたら、そのうち声も出るようになるだろう。
うん、そう思っておこう…。
俺は、身体が痛くならない程度に深呼吸を数回して、少しむせてしまったけれど、この件は保留扱いとすることで、心に折り合いをつけた。
銀様が持ってきてくれた袋の中を覗くと、干し肉や穀物、ドライフルーツのような食べ物と、衣類、瓶に入った液体?が何個か出てきた。
なにこれ?、銀様、誰か人と出会って、奪ってきてしまったのか?。
「グルル、グルル。」
俺の気持ちを読み取ったのか、銀様はグルグル言いながら、尻尾をパシンパシンと左右に振っている。
「ふふふ。」
不機嫌そうな様子の銀様が可愛くて思わず笑ってしまう。
あ、俺まだ笑えるんだ。
笑える元気を見つけられたことが嬉しい。
に、しても。腹と背中が痛い。学習してくれ、俺!。
俺が中身をもとに戻していると、その中の青い小瓶を、銀様が咥える。
銀様が飲みたいのかな?。
俺は、瓶を差してから銀様を指差してみる。
銀様は首を左右に振った。
今度は、瓶を差してから、俺を差してみる。
「ワウ!」
と、鳴いて、俺に瓶を推してくる。
俺が飲んで大丈夫なんだろうか?。
銀様の尻尾がふさりふさりと揺れている。
銀様の様子を見て、俺は飲む決心をする。
瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
「ぅ。」
これ、飲めるのか?
銀様が早く飲めとばかりに、鼻先を上に向けた。
俺は一気に飲んだ。うぇ、不味い。
不意に、フワッと胃から全身に温かさが広がって、全身を駆け巡るとそのまま吸収されたように鎮まった。
「は。」
身体の痛みが消えた。
視界を塞いでいた目蓋も腫れが引いたのか視界もクリアになった。
手首の縄の擦れて赤黒くなっていた痕も、皮膚のすりきれて血が滲んでいた傷もなくなった。
声も出るかと思ったけれど、空気の抜ける音しか出てくれなかった。
不思議な薬。飲むだけで痛みも傷も治るなんて。俺の知っている世界には、そんな薬は存在しない。
俺はお礼の気持ちを込めて、銀様の首を撫でたりもふもふしたりしていたけれど、感情が高ぶってきて、少しだけ泣いてしまった。
* * *
俺と銀様は再び、桜の巨木に戻った。
すでに西ルートから離れていたから、俺は方角が分からなかったけれど、銀様が心得たように俺を案内してくれた。
戻った時には、時計の針も17時をまわり、辺りは薄暗くて、虫の声が鳴り響いていた。
さて、今夜はどこで寝よう。
本当は車の中が安全なのだろうけれど、あのサルのことを思うと、銀様と一緒にいたいと思ってしまう。
何より、一人でいると、あの時の恐怖を思い出してしまいそうで、とても怖い。
う、俺の卑怯者め。
俺はジェスチャーで、車から荷物を持ってくることと、銀様と一緒に居たいことを伝えると、銀様もその場に座って待っていてくれた。
俺は車の中から簡易テントや毛布を持ち出した。
どうしても食欲がわかず、食べ物を用意する気になれなかったので、水を小皿に移して銀様にあげたあと、俺はイオン飲料を飲んだ。そして、銀様が持ってきてくれた袋から、ドライフルーツと干し肉を銀様に献上してみる。
銀様はそのお皿を俺の方に鼻で返してくる。
俺、今は食べられないんだよ。そんな気持ちで首を左右に振る。
「グルル、グルル。」
銀様はなにか言うと、俺の頬をペロリと舐めてから、茂みに入って行った。
銀様が行ってしまった…。
一人残されると、やっぱり怖い。
どうしよう、銀様は帰って来るのかな?
仕方なく、俺は木の上の車に戻る。
衣服を着替えると、今日着ていた上着を袋にしまい、ズボン等は風に干した。
本当だったら、俺、土曜日は雄吾と一緒にトレランして、夜はのんびりと山小屋で過ごして、日曜日は地元に戻って、今ごろはお風呂にゆっくり入って、テレビなんか見ちゃってさ。
今度は蒼士も一緒に走ろうって雄吾も交えてグループ会話なんか楽しんじゃったりして。
明日もまたさくら組のみんなと運動会の練習できるって思っていてさ。…できなくなるなんて、夢にも思わなかったよね。
俺は、スマホを起動して通信エラーの文字を眺めながら、また少し泣いてしまった。
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