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第19話 後悔 side L

 行方が分からなくなった神子の匂いに気づけたのは、俺が呪われて獣化させられているお陰だろう。  この身に降りかかった災難が、これ程ありがたい僥倖だったのかと、女神に感謝する日がくるとは思わなかった。  ここ中の国は、五大神の1つである桜の宮を中心に4つの国からなっている。  呪いを解くために、俺は霊峰の(いただき)にある桜の宮の神木を目指して旅をしていた。その途中で神子と出逢えたことが、そもそもの僥倖だろう。  しかし、この神子はあまりにも無防備で無鉄砲で純朴な少年だった。  神子は自分の立場も分かっておらず、桜の宮の加護を受けているにも関わらず、霊峰を下山しようとしていた。  クッキーと水しか持たず、ほっそりとした手足のラインが分かる無防備な異国の服に身を包む神子。  武器はもちろんのこと、食料も装備もほとんど持っていないのに、神域でもあるこの霊峰を抜けたとたん、魔物の餌食になるか、餓死するかは火を見るより明らかだった。  俺は、神子がこの霊峰から下山したいと望むなら、それを叶えてあげたいと思う。  しかし、そのためには、呪いを受けたままの自分では役不足だろう。  他者に助力を求めなければならないだろう。  俺はそう判断をし、懇意にしている鳥族の御仁へ助力を求めるため、別行動をとることにした。  神子から離れる前に魔力を練り、言霊を周囲に飛ばし、神子が俺の庇護下にあることを知らしめた。  こうしておくことで、ある程度の魔物や獣は神子に近づかないだろうと考えた。  神子は昼食の後、桜の宮の神木に戻る計画のようだし、俺の足なら、一晩走れば夜明け前には帰って来られるだろう。  そう、単純に思っていた。  鳥族の御仁から、あの神子はただの神子ではなく、災厄の神子であると聞かされた時には、納得がいった。  あの不思議な道具や服装、無謀な行動…。  災厄の神子だからと言って、あの神子を手放す選択は俺の中にはない。  しかしながら、災厄の神子ともなれば、あの気に惹かれる者が俺以外にもいるし、神子も、俺以外の発する気に惹かれ、発情する。  俺以外の者に惹かれて発情する?。  あの陶酔した濡れた瞳でキスをねだる、その官能的な姿態。あれを他の者が目にし可愛がるなど、到底許せない。  神子を誰にも渡したくない。そのためには、俺自信の問題にも向き合う覚悟が必要だろう。  それを厭わないほどに、俺はこの神子に惹かれている。  予想以上に時間を費やしてしまったが、目的を果たして、桜の宮の神木に戻ったのは、夜が明けて少しくらいの早朝だった。  そこに神子は居なかった。  まだ辺りは薄暗いのに、もう、どこかへ移動したのだろう。すでに匂いが薄くなってきている。  あの跳ねっ返り神子め。まあ、すぐ追いつけるだろう。  そう簡単に思っていた。  それらが、全部裏目に出て、俺の考えの浅さに自分を殴りつけてやりたいと、後悔する羽目になるとはその時は思ってもみなかった。  * * *  猿族の臭いがし、神子が連れ去られたと知ったときには、怒りと後悔で目の前が赤黒く染まった。  神子に出会った時の焦燥感がよみがえる。  あの神子を誰にも渡したくない。  誰かにとられるくらいなら、喰らってしまいたい。そんな狂気に引きずり込まれていた。  あれほどの衝撃を、俺以外の奴らも味わうのかと思うと、この世の全てを焼き払いたくなる。  これも俺が呪われているからなのか、元々の(さが)なのか。  だが、今はそんな考えに構っていられない。一刻も早く神子を見つけ出し、俺の気で包みたい。  匂いが強くなってくる。この先にいるのは間違いない。  俺は走った。  不意に血の臭いも混ざり始めた。  俺の背中に冷たいものが走る。  そうして俺は、神子を見つけた。  神子は手首を縛られ、猿族の輩に腰を高く上げらた不安定な状態のまま揺すられていた。  何をやっている?  なぜ、俺の神子から血の匂いがするのか。  なぜ、俺以外の者が神子に触れているのだ。  俺の魔力は怒り狂い暴走し始める。反面、神子を守りたいと冷静な自分が叫ぶ。  俺は怒りをなんとか抑えつけ、魔力を練り上げ氷の刃を放つ。  氷の刃は、狙いどおり猿族の首を貫こうとしていたが、その寸前、猿族に炎の刃で相殺された。  だが俺は既に第2、第3の氷の刃とその下に風の刃も忍ばせて放っていた。  猿族の肩と耳に風の刃が掠めて走った。  赤毛の猿族は神子の尻にねじ込もうとしていた指を抜き、そこを握っていた手を離し、汚れを振り払うかのように、両手を振ると、俺の方をじろりと見てきた。  神子は支えをなくし、そのまま地面に落とされた。  なのにピクリとも動かない。 「何者だ。我をアグナンの第三王子と知らないのか?。」 「仮に、お前がその王族だとしたら、神子をぞんざいに扱うはずがない。」 「はっ。貴様、どこの田舎者だ。」  俺が答えると、赤毛の猿族は蔑んだ笑いと共に言葉を重ねる。 「こやつに限っては、これで十分。  そんなことも知らぬ小者が、我に話しかけられる身分ではないわ。」  奴はそう言うと、魔法で作った炎の刃を放ち、俺に攻撃を仕掛けてくる。  俺はそれをかわしながら、魔力を練り、氷と風の刃を放つ。奴はそれを相殺しきれなくなり、避けて、神子から離れた。  すかさず俺は奴と神子の間に入る。 「この、無礼者がっ。」  奴は、苛立ちながらそう言うと、俺と神子の直線上に炎の刃を再度放つ。 「神子に当たると考えないのか?」  俺は、それを相殺しながら、問いかけた。 「はっ、そんな奴。  股を開くしか能のない下賎の神子など、息をしていれば上等だろう。  実際、我が近づく前から発情していたぞ。おまけに嘔吐物で我の高貴な身体を汚す、しれものぞ。」  奴は、さもうんざりだと言う態度でなおも話す。 「そもそも、父上の命令でなければ、獣の姿を曝さらされるこの霊峰にわざわざ来ることなどない。ましてや、こんな神子と番わなければならないとは、屈辱以外のなにものでもない。」 「ならば、そのまま下山しろ。アグナン王には、神子は他の者と番ったと言えば良い。」 「はっ。だから田舎者は。  これは、父上の命令だ。下賎な神子とは言え、神子だからな。他の国には渡さぬよ。  それに、そいつの睨んでくる黒い瞳や、喘ぎ耐える声はなかなか良かった。発情しているのに、狭く硬い窄まり具合も、痛がり具合も、耐える姿も、我の気持ちを高ぶらせてくれる。こんな良い玩具、誰が手放せるものか。」  奴の表情が醜く歪む。 「あぁ、邪魔が入ってしまったから、また最初からだな。その神子、最初はとても活きが良かったが、だんだん弱くなってしまったからな。意識がないのはつまらん。また冷たい水でもかけてやるか。  くくくっ、嫌がり、よがり、達する様は、さぞ愉快であろう。」  我慢などとうに越えていた。  俺は練られる魔力の全てを込める。  神子が俺の庇護下に戻った今、手加減する必要もない。神子さえ無事であれば、眼前の外道がどうなろうと、俺はいっこうに構わなかった。  

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