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第21話 人との遭遇 ※注意

「ピルル、ピルルルル。」  どこかで鳥の鳴き声がする。  俺の意識が浮上し、目はまだ閉じているけれど耳は音を拾う。  そう言えば、桜の巨木の森は虫の声は聞こえたけれど、鳥の鳴き声はしなかったな。  そんなことを思いながら耳を傾けていると、口の中に何かが入ってきた。銀様だろうか?  俺は確かめたくて、舌を動かして塊を探った。塊と俺の舌が絡み合い擦れ合う。  すると突然、その塊は俺の口の中で暴れはじめた。俺の口腔の内壁を擦ったり、歯の裏側を擦ったりする。  その刺激にじゅわっと唾液が湧き、俺は慌てて飲み込んだ。反射的に口腔内が狭まり、塊を舌で口蓋に押し付けてしまった。 「はっ、はっ、んは。」  俺の息が抜ける音がする。呼吸が熱い。喉が乾く。  塊が口の中から抜け、すぐ戻ってきた。何だかさっきより濡れているような気がする。  水が欲しい。そう思っていると、塊がまた出て行き、また戻ってきた。  口の中に、とろっと水分が溢れてきた。  口からこぼれるのが嫌で、俺はそれを飲む。  俺の喉仏が何度か上下した。  匂いがする。甘くて、リンゴのような匂い。  この良い匂いを吸い込むごとに、体が熱くなる。けれども…。  ちがう、これは、俺の欲しい匂いじゃあ、ない。  頭の中に「逃げろ」と、警鐘がなる。 「んんっ、あ、は、っ。」  俺が舌を逃がして口を閉じようとすると、外から頬を強く押されて、その痛みで口が閉じれなくなってしまった。 「ん、っ、ん、ん。」  俺の引っ込めようとした舌を相手に吸いとられ、絡めとられ、自分の舌なのに、思うように戻せなくなってしまった。  リンゴの匂いに身体がぞわぞわと震え、おなかの奥が疼くけれど、これは違う。違う匂いだ。呑気に目を瞑っているな。逃げろ、俺。 「ん、ん。」  俺は無理やり力を込めて目をこじ開け、手足を動かしてみたけれど、足は床に届かないのか空をかいた。  俺の身体は胸元が引っ張られ、顎を押さえられて、それだけで体重を維持していた。く、苦しい。 「フン。起きたか。」  男の人の声がする。  え、え、この状況。どう考えたって、さっきのはキスだよな。  え、え、俺ってば、男の人とキスしてしまったんだろうか?  うわっ、俺のファーストキスなのに。  俺は手足をばたつかせた。  手を離され、ドサリとその場に落ちる。  姿勢が保てず、俺は崩れ落ちた。  全身が熱くて、痛い。  そうだよ、俺、体調悪かった上に、つぶてでぼこぼこにされていたんだった。  ここはあの鷹の飼い主の家か?  俺の視界に人の足が映る。  上半身を起こすと、俺の前に、紛れもなく人がいた。  緑がかった金髪の長髪、そのサイドを頭の上で結っているだけなので、頭が揺れると髪の毛も揺れている。  うおっ、第一異世界人発見だよ!。 「お前が、災厄の神子か?。」  おぉ!!、日本語!。  彫りの深い、男らしい形の良い眉と切れ長の目。大きな瞳はアンバーだし、どうみても外国の人なのに。 「おい、質問に答えろ。お前が、災厄の神子で間違いないな?。」  ん?。この人、何て言った?。  さいやく?、みこ?。みこは聞き覚えがあるような気がする。  どこだっけ?、俺は首をかしげる。 「!。」  気がつくと、俺は壁にぶつかって止まった。  頬の痛みと背中の痛みで、俺は叩かれて吹き飛んだことを知った。 「てめ、嘘をつくと、ぶっとばーす。  澄ましやがって。口も聞きたくないってか?  別に喋らなくてもいいぜ。喋らないならぶっとばーす。」  俺の話なんか聞く気ないだろう?、この人。 「はい、次の質問。」  金髪ロン毛の男は、俺に近づき俺の胸ぐらをつかむと、ごみを拾うかのように、無造作に俺を片手で持ち上げる。  俺はまたぶら下がるしかない。  さっきも俺を片手でぶら下げていたし、すごい腕力だ。  背も2メートル超えていそうに大きいから、力もあるのだろう。 「お前は、助かりたいか?」  俺は頷く。 「だよな。そのための方法を知っているな?」  俺は恐る恐る、首を左右に振る。  パーンと乾いた音がして、俺の反対側の頬がジンジンと熱をもつ。  胸ぐらを捕まれているので、吹っ飛ばない分、頬がさらに痛い。 「知らないわけないだろうが。この淫乱野郎。  西のに、どうやって取り入ったんだろうな?。」  俺は悔しいけれど、首を振ることしかできない。  破裂音がして視界が揺れる。また反対の頬が熱くなった。  くそー。絶対に泣きたくないのに、涙が出てくる。 「泣いて同情を買えると思うなよ?。  お前の狡猾さは、知っているんだよ。」  さと、言う言葉に、俺の体が反応する。  俺のずるさは、俺自身が一番よく知っているんだ。 「はっ。くだらん猫はとっと脱げよ、この糞神子野郎。」  金髪ロン毛男は、俺を蔑むような表情で見下ろしてくる。 「言っとくが、だんまりも黒と見なすからな。」 「おまえが番を持てば、このくだらん混乱は収まるんだ。  西のが番にするって言っているそうだが、世界平和のために、俺様がとっととおまえを番にしてやるぜ。」  なに言っているんだ?  日本語は分かるのに、この人の言っている意味が、全く理解できない。  パーンと、また反対側の頬が叩かれた。 「返事くらいしろや。殺されないだけましと思いな。忌々しい。  おい、この糞神子に支度をさせろ。」  俺は男に投げ出されるまま、床に崩れ落ちた。  誰かが近づいてくる気配がする。 「おそれ多くも、ツヴァイル様、申し上げてもよろしいでしょうか?。」  見上げると、黒い燕尾服に身を包んだ、おじいさんだった。 「なんだ?。」 「この者、番にするには、年端がいってないのではないでしょうか?。」 「あ?。」 「番契約するには、成人していなければなりません。契約は無理かと存じます。」 「んなわけねぇだろ。こいつ発情してるぜ。成人してなきゃ発情なんかしないだろうが。」 「さようでございますね…。  私が見ましたところ、ツヴァイル様の気に誘発されているだけではないでしょうか?。」 「おい、おまえ、歳はいくつだよ?」  え、俺の歳?  何だか成人してるとやばい雰囲気を感じる。  素直に知らせない方が良いのではないだろうか?  でも、この人たちの成人って何歳なんだ?  金髪ロン毛男が俺に近づいてきた。  また殴られるのではないかと言う恐怖から、顔をガードしながら答えてみる。  指と口パクで指を1本だし、次に7を示してみた。 「お!?。おまえ口がきけないのか?。」  こくこくと頷く。 「でもって17かよ。おまえなぁー。」  ごめんなさい。本当は23です。さすがにバレたか?。 「おまえやっぱり災厄だな。  ンだよ、話せないとか、成人にもなってないとか、もっと早く言えよな。」 「けつに殻のついた、ヒヨコかよ。いっちょ前に発情なんかしやがって。  あと60年以上も保護するとか、まじダルいわ。  ンなら、無理に西のから連れてこなくて良かったじゃねぇかよ。戻すか?」  は?。今なんと言った?。あと60?。  もしかして、ここの世界の成人は80歳なのか??  金髪ロン毛男がぶつぶつ文句を言うのを、俺は呆然と見ているしかなかった。 「どっちにしろ、力は欲しいからな。契約できないがきんちょでも、発情してんなら力の付与くらいできるだろう。かまわねぇ、準備しろ。」  どうやら俺は、ピンチを救うことなく、ただただ恥ずかしい嘘が通ってしまっただけのようだった。

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