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第29話 災厄の神子2
「話が長くなりましたな。」
オルさんが余分なチャチャを入れなければ短かったと思うけどね…。
俺の心の声がばれたのか、オルさんの右眉がおもしろそうに上がるけれど、オルさんは話を続けた。
「とにかく、災厄の神子様には、災厄が現実のこととなる前に、番候補と番っていただきたいのです。」
「俺は!、俺はもとの世界に帰りたいです。
ここの世界に呼ばれたのなら、帰ることもできるんでしょう?。」
オルさんが口を開こうとするけれど俺は話を続ける。
「だって!、俺の知っている世界では、家族や結婚はあるけれど、番 ってないです。魔法も無いけど、特別な力をもっている人はいないですよ。俺のこと、災厄の神子なんて呼ばないし。俺は普通です。
まわりの人達は俺のこと、普通に好きでいてくれます。」
うう、涙が出てくる。
「俺だって、大切にしたいものが向こうにたくさんあるんです。
訳も分からず連れてこられて、災厄とか、糞神子とか嫌われるなんて、嫌ですよ。」
銀様が俺を慰めるように、俺の頬を舐める。
うぅ、銀様優しい。俺ってば情けない。
「心苦しいのですが、私は召喚された神子様が元の異界へ戻ったという話を聞いたことがないのですよ。
召喚された神子様は、番様と仲むつまじくしていらっしゃいますからね。
そして、我々は、性別をあまり重視していません。男女差はありますが、誰でも子を成し育てることができますからな。
なぁに、そこの御仁と旅を続けながら出会う番候補者が気に入れば、番契約をすれば良いだけのこと。災厄の神子だからといって、そんなに気負う必要はございませんよ。」
お、オルさん…容赦の無い爆弾投下だな。
「やっぱり帰る方法は無いんですか?」
俺は、もう頭がパンパンだ。
「私は知らないのです。桜の宮様に聞いて見るのが一番かと。
神子を望むどなたかのご依頼を受けたにせよ、呼んだ張本人ですからね。ちょうどこの御仁も桜の宮様に用があるでしょうし、ちょうど良い旅の仲間ですね。」
「桜の宮様って神様ですよね?。神様に会えるんですか?。て、言うか、どうやって会えるんですか?。」
「桜の御神木に向かって呼び掛ければ良いですよ。」
それだけ!?。
俺は信じられないと思いつつ、オルさんを見ると、オルさんが俺にウインクした。
「クスクス。
本当に可愛らしい。いつまでもこの屋敷に閉じ込めておきたいですねぇ…。
あぁ、あなたが私を選んでくだされば、成人を待たずとも、愛情なんて、ぐずぐずにとかしながら教えて差し上げるのに。」
「グルゥゥゥゥ!。」
銀様が唸る。
俺は、銀様のふさふさの首をもふりながら17歳で通そうと心に固く誓う。
だいたい、さっきから突っ込めないでいたけれど、なんでいちいち可愛いって言うんだよ。オルさん、俺をからかい過ぎ。
オルさんは気にせず?、話を続ける。
「けれども、いずれここにもツヴァイルがやって来ます。その前に桜の宮に向かうのがよろしいでしょう。」
* * *
オルさんのお陰で、ここの世界が少し見えてきた。
歓迎されていない立場は悲しいけれど、銀様と一緒に桜の巨木に行けるのは嬉しい。
遅めになってしまった朝食をいただき、旅の準備をする。
俺は洗濯してもらったトレランの服に着替え、バックパックに荷物を積める。
「これはお餞別です。」
オルさんが革製の袋をくれた。
このコウモリマークの袋…。
「ありがとうございます。
以前、銀様が持ってきてくれた品々もオルさんが用意してくれた物だったんですね。
その節は大変助かりました。ありがとうございました。」
俺はお礼を良い、頭を下げた。
「ふふふ、本当に気立ての良い、可愛らしい子ですね。」
と、良いながら俺の頭を良い子良い子する。
オルさん、俺、23歳の男です。お礼は社会人として当たり前だからね。
いちいち突っ込まないけどね!。
「また、そんなに手足のラインが丸見えの、艶かしい姿をして。私を誘惑しているのかな?。いけない子だね。」
オルさんの撫で方が不穏になりそうだ。
「俺の世界では、これは普通です。この方が走りやすいし動きやすいし、皮膚を守ってくれるんですよ。」
俺は頭をあげて、さりげにオルさんと距離をとる。
銀様が間に入ってくれた。
銀様、ナイス!
「では、そろそろ行きますね!
すっかりお世話になってしまって。オルさん、本当にありがとうございました。」
俺は再びお辞儀をし、感謝をする。
「ふふふ、気にすることはないさ。いつでも戻っておいで。
私ともう一度、愛を語ろうじゃないか。」
オルさんは、オルさんだった…。
「あ、そうだ。一つ聞いても良いですか?」
「ふふ、なんだい?、つれないあなた。」
「銀様って、狼ですか?」
今さら?って顔で俺を見るオルさんと銀様。
「あなたのその引き込まれそうな夜空の瞳には、狼以外のどの種族が映っていたのかな?」
オルさんのその芝居がかった台詞から、狼と知れる。
野犬と思っていたことは、秘密にしておこうと思った旅立ちの朝(遅めの)だった。
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