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第38話 嘘つきは嫌い
ツヴァイルの翼から、血が流れている。
俺は、目にしている光景が信じられなくて、言葉を失ってしまった。
「じゃぁ行こうか、災厄の神子。」
「え?。」
俺はきっと間抜けな顔を、鬼に向けたのだろう。鬼はニヤニヤと笑っている。
「や、約束が違うだろっ。」
「そいつは鳥族の第二王子のツヴァイル。頑丈な身体をしているから、これっくらいの怪我じゃあ死なんよ。追いかけられるのも面倒だからな。しばらくここにいてもらうぜ。
邪魔が入らないうちに約束を果たさせてもらうぞ。ほら行くぜ。」
「嫌だっ!。俺は、嘘つきと約束をした覚えはないっ。」
「だぁから、助けてやっただろうが。」
「違うっ。こんなのは約束じゃないっ。俺は、お前とは行かないっ。」
鬼はやれやれとでも言いたげに、青い髪の頭をガリガリとかくと、俺に近づいてきた。
俺は、後ずさる。
「他にも仲間がいるんだろう?。すぐ助けが来るさ。面倒になる前におまえさんの体液を寄越しな。」
「体液ならここでくれてやる。怪我をしたツヴァイルから離れる気はないっ。」
「おうおう、いっちょまえに怒っちゃって。けどなぁ、俺だってこんなところで、はいそうですかって体液もらってもなんの楽しみもないんだよなぁ。」
「お前の楽しみなんか知るもんかっ。この嘘つき野郎っ。」
「怖いねぇ。」
鬼はニヤニヤとしながら、ゆっくりこっちに近づいてくる。俺は、一定の距離を保って後ずさる。きっと銀様がこちらに向かっているはずだ。時間を稼げるだけ稼ぐ。
「ほら、良い子だから、こっちに来な。」
「嫌だっ。嘘つき野郎の言うことなんか聞くもんかっ。」
「やれやれ、こんなところで鬼ごっこかよ。ちっ、面倒だな。」
鬼が少しイラつきだした。
「だからっ、血をあげるって最初に言ったじゃないか。」
「だからぁ、それだと面白くもなんともないだろうが。」
「知らんしっ。」
鬼は木々が邪魔で、俺のところにすぐには近づけそうにない。これはチャンスかもしれない。
「あれ?、もしかして、チャンスと思ってる?。それはそれで面白くないなぁ。まぁ、面倒になる前に決着を付けるか。」
鬼はそう呟くと、俺を見つめてきた。
「その怒りと不安にくるくると表情を変える黒い瞳。何を考えているかすぐに分かる表情。その勝ち気な性格も面白い。
災厄の神子、覚えておきな。鬼は面白いことが大好きなんだぜ。」
鬼がそう言うと、ツヴァイルの血の匂いとは別の匂いが漂ってくる。
甘い匂い。なんだ?、ばあちゃんの家で良く嗅ぐような、あ、白檀だ。と意識がそちらに向いたとき、俺の心臓が、また大きく動いた。収まりつつあった身体の熱が、再び高まってきた。
身体がゾワゾワしてきて、うまく手足が動かせない。ヤバいこの感覚。
「あれあれ?。もう発情しちゃった?本当に易いのな、お前。」
軽蔑の目を向けてくる鬼に、俺は、言い返せない悔しさから涙がにじむ。
悔しい。おへその奥が熱くなり、歯を食い縛らないと、変な声が出そうで、こんな自分が嫌いだ。
鬼が近づいてくる。俺は、身体を動かせず、鬼を睨むことしかできない。
鬼との距離が縮まるのと同じく強くなる白檀の香。その匂いを吸い込むたびに、ますます身体が熱くなるのが許せなくて、涙がこぼれる。
くそっくそっくそっ。
こんなところで嘘つき鬼の良いようにされたくない。俺の欲しい匂いじゃないのに、何で身体は言うことをきかないんだよっ。
「くくくっ、これはこれでゾクゾクして、愉しいかも?。」
鬼に右腕を掴まれて、無理やり立たされる、と、いうか、半分ぶら下がる。
俺の顎を鬼のゴツい手が掴み、顔を鬼の方に向かされる。
鬼の赤い瞳は軽い台詞とは裏腹に、災厄の神子を警戒し、観察しているような、知的な輝きを感じた。
俺がそう思っていると、鬼は、一瞬目を見開き、今度は楽しげに輝いた。
「ほぅ、俺を逆に観察するのか、この神子は。おまえさん、本当に面白いね。」
そう言いながら、俺の頬に当たる指に力を加えてくる。
力に負けて俺の口が開くと、鬼はその大きな口で、俺の口を塞いできた。
「んっ、んっ、んっ、いっ、やっ。」
俺は、悔しくて手足をバタバタさせるけれど、鬼の力には叶わなかった。
「痛てーーーっ。この跳ねっ返り神子め。」
俺は鬼の舌に噛みついてやった。ざまぁみろだ。
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