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第4話 強行

 俺は夢を見ている。  銀様のおなかをもふもふしながら、銀様と寝ている夢だ。  いつも盗賊さんのテントの片隅を借りて寝ている俺は、雑魚寝にも慣れてきていたけれど、良い夢が見られて幸せだ。 「銀様、会いたかったよ。」  俺は銀様の首に抱きつきたかったけれど手が縛られているから抱きつけなかった。  なんだよ、こんなとこだけ現実的…。思い直して銀様のつやつやの銀色の毛に俺の頭を沈める。頬に当たる毛が心地良い。 〔海里、会いたい。できるなら、人化しておまえを抱き締めたい。おまえをこちら側に引っ張ってきたい。〕 「う、夢なのに、銀様の言っていることが分からないなんて…。」  思わず泣けそうな俺を銀様が優しく尻尾で撫でてくれる。  銀様の匂いが俺を包んでくれる。 「レオ、レオ、レオに会いたいよ。」 〔海里、海里、おまえの言葉が俺には分からない。おまえが何者かに無体なことをされていないことが分かったのは嬉しいが、どこにいるのか分からないのは辛い。〕  うう、念話も言葉が通じないのか。  あ! 「さばく。あつい。すにゃ。おあしーす。にし。」  俺が覚えた単語を、思い出せるだけ言ってみる。 「とかけーら、たべる、はるだ、おいしい、いい、わるい、ありかとう。こめんね。かたじけない、大丈夫でございむす?。」 〔海里?。おまえ言葉が分かるのか?。〕  ふふふ、銀様もビックリしているぞ。 「おはよう、おやすみ、つくる、といれ、しお、じゃがいも、ほしにく、みるく。おれ、ぼく、おじさま」 〔おじさま?。〕  あれ?、銀様不機嫌?。おじさんって言っているだけなのに?。言い間違えたかな?  お、俺がんばる。 「ユウさま、ユージーンさま、レクソンさま、デクトさま、ライアンさま。」  あれれ、なんか寒くなってないか? 「し、しゃむせーる、つよい、すてき、ケーモル、ひひーん、のる、だっこして?。ご一緒、ねる、ぽんぽんして?」 〔ふっ、分かった、言葉の分からないおまえがどんな扱いを受けているのか、だいたい分かった。〕  銀様がなにか言いながら俺の頬を舐め、鼻を舐め、唇を舐める。口のなかに銀様の舌が入ってきて、俺の歯列をなぞり、口蓋をなぞり、舌を擦る。  俺も銀様の舌を舐め、互いに出た唾液を飲む。 「あ、あ、ダメだって。そう言うのしちゃダメ。」  今日だけは、説得力の無い俺の台詞。だって、俺、もっと銀様と一緒にいたいよ。 「あと少しだ。おまえの気を見つけたからな。あと数日でおまえを迎えに行く。その胸くそ悪い首輪も手首の戒めも、一刻もはやく取ってやる。それまでおまえが泣くことがないように祈っている。」 「ん、ん、やだ、銀様ともっといたいよ。夢から覚めたくない。銀様行かないで。」  ドカンッ。  突然大きな音がして、おれが目を覚ますと、ユージーンさんが俺をテントから投げ出していた。  受け身が取れなくて、お尻と背中を思い切り砂地にぶつけてしまった。 「✕✕✕✕✕!!。✕✕✕!!。✕✕✕!!」  ユージーンさんが、すごい勢いで話しているけれど、早口すぎて聞き取れない。  俺が呆けていると、怒りの形相でユージーンさんがまた俺に近づいてくる。  その間にレクソンさんとデクトさんが割り込んで、なにか言ってくれている。  そんな盗賊のおじさん二人は、またユージーンさんに吹き飛ばされて、動かない。  俺はユージーンさんに胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる。そのまま身体がぶら下がる俺。  ユージーンさんの怒りが何から来るのか見当もつかない。  * * *  俺はその日から目隠しをされ、猿ぐつわを噛まされ、耳に綿を詰められ、手は後ろ手に縛られた。こうしてみると、俺は今まで破格の待遇だったのだと言うことが分かる。  なにも見えない聞こえないのが怖い。ラクダもどきのケーモルに荷物のように乗せられ、くくりつけられている。しかもなぜだか、あの日を境に、強行突破でもするかのような勢いで走り続けているから、ケーモルの揺れが半端なく、おなかを圧迫して痛いし、俺は何度か嘔吐してしまった。  今夜も最初にここにきたときのように、ケーモルと一緒の場所に繋がれているのかもしれない。砂地に直接転がされ、寒さに震えて、眠ることができない。  夢の中で、銀様はあと数日で迎えに来ると言った。もう数日なんてたっているんじゃないかな?。夢はしょせん夢。夢でしかない。なのに、現金で狡猾な俺は、不遇な目に遭ってはじめて思い出したかのように、銀様に頼ろうとする。  俺はなんて嫌な奴なんだろう。分かっているのに、どうしようもないと言い訳している。俺はこんな俺が嫌いだ。  誰かが、俺を触っている。誰だ!?。  俺がビクッとすると、小さめの手が俺の頬を撫でる。ユウ君?。 「ごめんなさい、ごめんなさい。ユージーン、酷い、ごめんなさい。」  ユウ君は泣きながら俺の目隠しと耳の綿と猿ぐつわを解いてくれた。 「ユウ様、する、だめ。ユージーン様、する、怒る。俺。大丈夫。心配する、ない。」  俺が言うと、ユウ君はますます涙を流す。 「カイリさん、悪くない。悪いのユージーンと僕。僕弱いから、ごめんなさい。  カイリさん、逃げて、もうじき東の奴らに追い付かれるみたいなんだ。カイリさんを巻き込んじゃう。もう十分酷いことされてるのに、ごめんなさい。僕は東に行くから。カイリさんは西に逃げてね。」  え?なに言ってる?俺、聞き取れてるよね?   日本語?。 「ちょ、ちょ、何で日本語?ユウ君って日本人?。」 「え?」  ユウ君が首をかしげる。 「俺の言葉分かる?。俺、日本人なんだ。異世界に転移してきたんだ。」  ユウ君が大きな目をさらに見開く。目がこぼれちゃうぞ。 「カイリさんも?  僕、普通に言葉が通じるから、自分のしゃべっている言葉が何語なのか意識したことなくて…。  はっ、だめだめ、ここにいるとユージーンに気づかれちゃうから、僕ここから離れるんだ。さようならっ。」  そう言ってユウ君はケーモルに乗ろうとする。 「ユウ君、ケーモルに乗れるの?俺も連れていって。」 「だめですよ。これ以上カイリさんに迷惑かけられません。それに僕が行くのはとても恐ろしいところなんです。」  ユウ君は、揺らぐことのない決意の眼差しでそう言う。 「なら、なおさら1人で行かせられない。同じ日本人同士、協力し合おう。俺を乗せて。」  俺は無理矢理ユウ君の後ろに乗り込む。 「カイリさん、時間がありません、行きますよ!。」  そう言って、ユウ君はラクダもどきのケーモルの進路を東にとり、猛然と走らせたのだった。

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