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第8話 衝突
俺が優君を背負って地下通路の出口まで来ると、大勢の人が戦っている音が聞こえた。
よ、よーし、もしかしなくてもユージーンさん達とテドール側の兵だよな。
テドールを人質にそっちは撤退させるとして、優君をどうしよう。
ユージーンさん、俺が連れ出したと思っているだろうなぁ。また猿ぐつわと目隠しの刑かなぁ。実はそれは軽い方で、バッサリ切られちゃったりして…。
あり得そうで笑えないなぁ。
でもっ、誰かが戦って傷つく前に戦いを止めなきゃねっ。
俺は“宙づりテドール”を先に押し出しつつ、地下から出た。そこで見たものは…。
「な、な、何で銀様が?。」
遺跡周辺で争っていたのは、銀様とツヴァイルとアッシュが、ユージーンさん達と多分テドールの兵との三つどもえだった。
アッシュの槍でなぎ払われる兵士達。ツヴァイルは双剣で兵士と盗賊のおじさん達に斬り込んでいて、銀様とユージーンさんが戦っている。
地下通路内に見張りの兵も居なくて、変に思っていたけれど、みんなこっちに加勢していたのだろう。
それでも数人の兵士が入り口を守っていたようで、俺達、特にテドールを見て、ぎょっとした顔をしている。
「✕✕!。✕✕✕✕✕!。」
兵士が、剣を抜いて俺に向かって来た。
しまった。テドールを人質にすればなんとかなると思ったけれど、交渉するのに必要な、ことばが俺には分からなかったんだった。
おろおろしている俺に向かって来た兵士が二人、突然うつ伏せで倒れた。見ると、背中に矢が刺さっている。その先を見ると、デクトさんが弓を放った体勢からこちらに向かって駆け寄ろうとしている姿が見えた。そのデクトさんをレクソンさんが剣で守りながら、やはりこちらに向かって来てくれている。
「おじさま達、大好きっ。」
俺は二人にお礼を言う。
動揺した兵士達の防御が崩れるのは速く、盗賊団で攻撃魔法を使えるライアンさんが、俺達の周囲の兵士を退けてくれた。俺は、“宙づりテドール”をライアンさんに渡すと、改めて周囲を見渡した。
アッシュ達は一騎当千の動きで、盗賊のおじさん達も予想以上に強い。でもテドールの兵士は数が多すぎて、収拾がつきそうにない。
けれど、テドールがこちらにあるんだ。もう戦う必要はない。
「や、やめてっ。やめてっ。戦わないでっ。」
俺は、優君を背負ったまま、銀様に向かって走る。
「銀様!。銀様!。やめてっ、戦わないでっ。」
俺の前に武装した兵士が立ち塞がり、俺を斬ろうとする。反撃できない俺は優君を抱え込んでその場にしゃがむ。
ドカッと音がして、目を開けると兵士と俺の間に槍が刺さっていた。
「よう、カイリ、まーた目を腫らして。泣いてたのか?。そう言う時は念話しろ、この際頭に響かしても許してやる。」
「アッ、アッシュー。なに、言う。分からないよ。」
「あ?。なに言ってんだ?。」
「言葉、分かる。ないよ。止める。戦う。ダメよ。銀様、心配。」
「おまえさん、言葉が通じないのか?。
そういや、銀狼の奴がそんなこと言っていたな。」
俺は立ち上がって、銀様の行方を探す。
銀様は、黒豹?、みたいな大きな黒い獣と戦っていた。周囲の兵士はその気迫に圧されて後ずさっている。
さっきまでユージーンさんと戦っていたから、あの黒豹は多分、ユージーンさんだ。
「あー銀狼の奴、凄い勢いで、あの黒いのに突っ込んでいったからなぁ。あの二人。怒りでトランス状態なんじゃないのか?。」
「ダメよ。止めて。俺、止める、する。行く。」
「あ、おい、やめとけ、危ないぞ。」
俺は優君を背負ったまま、銀様のところに走った。
「銀様!、やめてっ。ユージーンさん、優君のところに来てあげて。」
黒豹が風をまといながら、銀様の背後を取ろうとして駆け出していた。銀様は黒豹の正面に向き、火炎放射器のように口もとから勢い良く炎を吹き出している。
それを黒豹が風で押し返そうとするからあたりは熱風で近づけない。
「やめろ、あぶない、ねんわ、わかる?。」
アッシュが俺の両肩を掴んで、俺にゆっくり話しかけてくる。
「あいつ、の、頭、に、ねんわ、叩き込んでやれ。」
そう言うと、アッシュはニッと笑い、近づいてきた兵士を槍でなぎ払った。
そうか、念話か。
よーし、よーし、やってやるっ。
俺に気づかない銀様が悪いんだぞー。
俺は超特大糸電話(スピーカー付き)をイメージして、ついでに糸電話の発信口にマイクもイメージして、息を吸った。
〔銀様のばかーーーーーっ!。〕
争っている人達の一部がビクッと身体を震わせて動かなくなる。その異変に気づいた周囲の人も不審に思ってか動きが止まる。
な、なんて悠長に解説している場合ではない。
俺は予定と違うことを念話してしまって、慌ててしまう。
〔あ!?、ち、ちがう。今のなし。〕
俺は戦いをやめろって言いたかったんだよ!。
〔なんで俺がここにいるのに、気づかないんだよーーー。〕
「そ、それもちがうっ。」
お、俺が勝手に念話をしちやっている。何しているんだ俺っ。
念話の能力は人によってあったりなかったりするはずなのに、ほとんどの人が耳を塞ぎはじめたけれど、俺は自分が言うつもりもなかったことを念話で話してしまったことで、頭のなかがパニックだ。
「ちがっ、そんなこと言いたいんじゃなくてっ。」
ああっ、なんか人が倒れはじめたぞ。ど、どうしよう。
「カイリっ、てめっ、声がデカすぎだ。頭が割れるっ。」
ツヴァイルも、頭を押さえて、何か怒ってる。
「でででも、俺は銀様に糸電話向けてたしっ。
みんなに聞かせたいとか、思ってなかったしっ。」
「カイリよ、何言っているか分からん。そして、それも念話で頭に響く。念話を切ってくれ。」
アッシュも、耳に指を突っ込んで何か言ってる。
ああっ、盗賊のおじさん達も倒れ始めたしっ。
「うぅ、どうしたら良いの?。ぎ、銀様助けてっ。」
半泣き状態の俺の頬を、誰かがペロッと舐めた。
見ると、銀様が俺のすぐそばにいる。
〔銀様、好きっ。大好きっ。〕
「わあっ!!ちっ、違うからっ。俺!銀様が戦いをやめてくれて嬉しいって思っただけだからっ。」
銀様が俺の頬をまた舐める。ふわんと銀様の匂いが鼻をくすぐる。
ううぅ、銀様、逢いたかったよぉ。
俺は銀様の首に抱きつく。
銀様の匂いがする。俺の好きな匂いだ。安心する。
不意に身体が重くなり、力が入らなくなってきた。
銀様の首に抱きついていたいのに、足が体重を支えられなくなって、腕も持ち上げていられない。
な、な、なに?
目を開けると、霞がかかっていて…
「あ、銀様、俺…。」
俺が覚えているのはそこまでで、俺の意識はそのまま沈んでいってしまった。
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