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第3章 コラムベット

    第3章 コラムベット  設楽の世話役を買って出たのは正直、面白半分だった。だいたいパーソナルデータをきれいさっぱり忘れてしまった人物なんて、下手な珍獣より稀少性が高いと思いませんか?  電気の供給が一時的にストップしたようなもので、送電が再開されれば快癒する。  眉唾ものとはいえ設楽を診察した闇医者がそう請け合い、彼をカジノにつれてきた女性に設楽を託して一件落着といきたくても彼女はひと足違いでアマゾンの奥地に学術調査に出かけたとくれば、乗りかかった船だ。  沢木は仔猫に離乳食を与え、おれは設楽(ややこしいので脳みそにバグが生じて以降のこちらを設楽、本来の人格で鉄面皮のあちらは当面、設楽Aと呼ぶ)に牛丼を分け与える。  もっとも私怨も相まって、沢木は記憶喪失云々は詐病だと主張して譲らないけれど。 「あのトンチキは実はうちの商売敵が放ったスパイで、この店の顧客リストだの裏帳簿をかっぱらってこいって特命を受けて、記憶喪失を装ってここに潜入したのかもしれん」  設楽を拾って四日後。カジノの事務室で沢木に頼まれた〝仔猫あげます〟のポスターを作製しているとき、当の沢木が、俺の洞察力は名探偵並というふうに顎を撫でた。 「あんなドンくさいのにピッキングとかハッキングとかができるようじゃ、セキュリティシステムは世界規模で壊滅しますって」  おれは、おりしも椅子に蹴つまずいてつんのめった設楽をマーカーで指し示した。  働かざる者食うべからざる。それが沢木の哲学で、おれもその意見には賛成だ。日常生活に不可欠な知識をあらためてインストールしてあげる手間がかかっても、身体強健な設楽は、人手不足を解消する意味をふくめてカジノの雑用係にもってこいだ。  したがって設楽Aは極端な話、王族の一員で召使いにかしずかれていた可能性は否めないけれど、それとこれとは話が別。目下のところ掃除全般が設楽の仕事だ。  に、しても危なっかしいモップさばきだなあ、と仔猫の画像をスキャンしながら設楽の仕事ぶりを眺めていると案の定、バケツの水をぶちまけた。 「あーあ、びしょ濡れじゃないか」  おれは這いつくばってシャツの袖口(ぶつくさ言いつつも沢木が制服一式をそろえてくれた)でフロアをぬぐう設楽に駆け寄って、濡れネズミになった彼にタオルを羽織らせた。 「粗忽者で、すみません。あの、冬哉さん? 足手まといのわたしは、ごみ箱行きですか」 「『役立たずは捨てるぞ』って脅すのは沢木流の冗談だから、真に受けるなよ」

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