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第31話
船べりを蹴る寸前に飛びかかってこられて、羽交い締めにされた。遮二無二もがいたはずみに足がもつれて躰がかしぎ、海に落っこちるまぎわ胴に巻きついてきた腕にすがって踏みとどまった。
この構図は、ほろ苦さをともなう既視感 。
よろめき、反射的に上体をひねって設楽にしがみつく。
「ジャングルジムの再現ぽいの。な、設楽」
「と、言われても相槌を打ちかねるが」
鼻で嗤い返してやると、お姫さま抱っこに全身が浮いた。否応なしにデッキにつれ戻されたとたん、歯痒いとも哀しいとも嬉しいとも一概に言いきれない激情が堰を切った。おれは設楽にむしゃぶりつくと胸倉を摑んで、頭半分背の高い躰を前後左右に揺さぶった。
最初のうちは行きがかり上、面倒を見ていただけの設楽とおれの心の距離が、どんなふうに縮まっていったか。
肩を並べてDVDを観たり、銭湯に行って背中を洗いっこしたり、それがささやかなものであっても二人の歴史と呼べる何かが作られていくにつれて絆が深まっていって、恋の予感にときめく歓びを思い出した日々に焦がれて焦がれて……っ!
ないものねだりは百も承知でわめき散らす。あわよくば、これが恋しい彼を甦らせる呪文になると一縷 の希みを託して、設楽にまつわるエピソードをまくしたてる。
「屋台のラーメンまずくて、むせたよな!」
「駄々をこねにこねて、すっきりしたか」
絶妙のタイミングでたしなめられて、憑き物が落ちたように我に返った。おれは咄嗟に後ろに飛びのくと、口を真一文字に結んだ。
本音を吐けば出航を目前にひかえた今日の昼下がり、予備の食料を積み込んだり舫 い綱をほどいたり、というぐあいにきびきびと立ち働く設楽に、優雅な身のこなしでカジノ中の客に飲み物を給仕して回っていた設楽の姿がオーバーラップするたびに頭が混乱して、おまけに悩ましい気分になって……困った。
設楽との場合は獲得した段階で没収された感があるチップを、額面に〝恋〟とあるそれを設楽・イアニス・鷹彦とともに増やしていくのもまんざらじゃない、と思えるほどに。
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