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第2話
そんな感じで、あの日がやってきた。
半年前の、だれかの送別会だった気がする。
めずらしくべろべろに貴宏は酔っていた。カラオケの三次会も終わり、そばによって介抱してやると、隣にいた短髪のヤツが上からケラケラ笑った。
『こいつ、好きやつがいるのに告る勇気もないアルファなんだよ』
と、大声でまた笑う。
酔いつぶれた貴宏を叩いて、俺の腕の中にドンと押した。面倒を見る気もないのか、そいつは手をひらひらとふって、彼女のアパートへ颯爽と帰っていった。
好きな子がいるんだと知った。ちょっとショックだった。いや、かなり落ち込んだ。ああ、そうだ。送別会の主役はオメガのゆかりちゃんだった。残念だ。こいつでも失恋するのか。
この女子は結婚を機に退職して、ご主人の転勤先についていくらしい。宴もたけなわのうちに彼女は一次会で帰っていった。さびしいけどめでたい。けど、後ろ姿に見えたうなじにくっきりとした歯型が浮き出ていて、リアルすぎて引いた。オメガというバースは存在する。幸せいっぱいの彼女を見送り、理由もなく沈鬱な表情になり、考えされられた気分になった。
そんなことを思い返しながら、腕の中で寝ているアルファ男をゆり起こす。起きやしない。
終電も終わって、とりあえず吐きそうになる男をかかえて、店を追い出された。ぶつかってくる酔客から逃げていると、ホテルを指差すアルファ男。十一月の冷えた夜気は肌寒くて、ぶるぶる震えた俺はホテルに足をむけて、急ぎ足で奥へと向かった。看板には『ハッピーホテル』とあった気がするが、そんなのどうでもよかった。
長身で酒くさい男をベッドにささげて、ミネラルウォーターを横に置いて早々に寝た。吐き気もおさまったらしい。スヤスヤと寝息をたてた横顔は、鼻梁の通った端正な美形だった。眺めるだけで、眼福。一時間ほど見続けてしまった。
そして、朝方、それはおこった。どうしてか、だれかと間違えたのか、キスを求められた。ラッキーである。元々ゲイでネコだったけど誰にも求められたことがない俺は、ご無沙汰なのもあり、チャンスとばかりに、そのキスを受け入れてしまった。本当はあまりにもびっくりしてしまい、身体が動かなかった。
つき合おうとか、そういうのはなかった気がする。
それからだ。セフレという、いかがわしく、爛れた関係を築いてしまった。
どんな感じだったか? そんなもの説明するまでもない。
俺の家で待ち合わせをして、遅い晩飯を一緒に食べてヤルだけだ。俺はとても健気なので、会うときは必ず粉末食物ファイバーを前日に飲んでいる。食べものだって気をつかっていたし、ユーチュープで裏切らない料理のレシピをなんども試して作った。
あいつが世界一おいしいと口にした料理は、リュウリュウの至高シリーズだ。胃袋をがっちりつかむのは基本中のキホン。
そんなことも知らないくせに、あいつはコンビニ袋片手にやってきて、袋の底にはデザートのプリンを忍ばせてやってくる。
和やかな会話を交わしたり、テレビを観たりして食事を済ませる。風呂は一緒にはいらない。疲れているあいつが先だ。シャワーのノズルを突っ込んだ姿を見られたくないのもある。それに、あまりにも準備に時間がかかってしまい、寝ているのかと思ったときもあった。腹が立って、顔を近づけると、唐突に引きよせられてキスされた。あの不敵な笑みがずるくて、ほだされてしまう。
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