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ep.8
珍しくちゃんと週末休みの取れた奥秋に誘われ、待ち合わせの駅前に着いた瞬間、真柴の顔は一気に曇った。
「よー、栗花落」
手を振る奥秋の横に知らない男が2人立っていた。スレンダーで高身長な奥秋の友達らしく2人ともスタイルが良い。見るからにαだ。
「よお、奥秋」と真柴は棒読みで返すと奥秋のみぞおちを本気で殴る。
よろけた奥秋の耳朶を摘んで「これは一体どういうことだ!」とヒソヒソ声で耳の穴に直接に訴える。
「いや、折角のお休みなので友好を深めるっていうか?」
「余計なことすんなっ、俺の話聞いてた?」
友人たちは若干困惑しながら「俺たちお邪魔だったかな?」と気を遣いだしたので真柴は慌てて愛想笑いで誤魔化した。
ぶーくれた顔のまま真柴は奥秋の横腹を殴りながら友人の車に乗り込んだ。
交代で運転するということで一旦は後部座席に真柴と奥秋で座り。その間も真柴は奥秋に不満を漏らしている。
「お前やることが露骨なんだよ」
「別にそういうつもりないって、まあ、まずはお友達から? みたいな」
「なぁにが〜」
「二人仲良いね」と運転席からミラー越しに花瀬 が後ろの二人に話しかける。
思わず奥秋から距離を取って真柴は「同期だからですかねぇ〜」と再び愛想笑いを返した。
「栗花落、紹介すんの忘れてた。今運転してんのが花瀬で助手席が江國 。どっちも俺の大学生時代の同級生」
「どうも、栗花落 真柴です」
「はじめまして、花瀬 慧 です」
「江國 桔平 です、よろしくー」
二人からはαだからといって嫌味な感じは一切しなくて奥秋と同じ価値観を持つ人たちだというのがそのにこやかな笑顔で伝わる。
花瀬は黒の気持ち良いくらいに短く切った髪から大きな瞳と形の良い耳が覗いていた。外回りをしているのだろうか、首元の後ろがよく焼けている。
江國は会社員にしては少し長めの茶髪で眼鏡の下には印象的な切長の目があり、今は目尻に皺を作って優しく笑っている。着ている白のTシャツはしっかりとした張りを持ち安物でないのが真柴にでもわかる。
「栗花落って珍しい苗字ですよね、あれですよね。梅雨に入るの“つゆいり”が元になってる」
「あ、そうですそうです。花瀬さん詳しいんですね」
「こいつインテリでしょー、なんか鼻につきますよね〜」
「おーい、ドア開けて外に投げるぞ〜」
同い年だからなのか、真柴はあっという間に二人と意気投合し、車の中は終始笑い声が絶えなかった。
都内から高速に乗って一時間強、駐車場に車を停めてロープウェイに乗り換え四人は早速楽しみにしていた足湯につかった。
打ち合わせしたかのように四人から同時に深い溜息が漏れる。
「さっきの奥秋の運転マジで寿命縮まった。今日が命日かと思ったわ」
「ペーパーだって前もって言ったろ」
「最後に運転したのいつ?」
「よせ! 言うな! 余計恐ろしくなる予感しかない!」
言うなと言ってるのに奥秋は指を折って数え始めるので真柴がその手を必死に抑え込む。
「すごい、栗花落くんの足もう真っ赤になってるよ。大丈夫?」
花瀬がびっくりした様子で真柴の足を指差す。
四人の中で誰よりも真柴の湯に浸かった部分が赤に染まっていて皆の視線が一気に注がれる。
「あー大丈夫。皮膚が薄いだけで痛いとかはないよ?」
「ほっせー足。ちゃんと食ってんのか、お前」
奥秋に足で蹴られてムッとした真柴が倍にして蹴り返している。
「痛いっ! 本当のことだろっ、アタタッ!!
「俺なんか買ってくる。なんか欲しいものある?」
脛にヒットしたらしく奥秋は脛を押さえながら後ろに背中をついて唸り声をあげていた。
そんな奥秋に構うことなくしれっとした顔で真柴は立ち上がる。
「俺も行くよ、何あるのか見たい」と花瀬も湯から足を抜いて立ち上がった。
売店に向かう二人の後ろ姿を奥秋と江國が何気なしに眺めた。
「なーんか花瀬が好きそうな子だな」
「──だろ。俺も思った」
視線を空にやりながら奥秋は答えた。
「花瀬なら栗花落のこと大切にすると思ってさ」
「俺は単なる盛り上げ役担当か、オイ」
「まあまあ、江國には江國好みを次回は探して参りますよ」
「お前は親友すら騙す恐ろしい男だよな、栗花落くんが哀れでならん」
「俺は純粋なあいつを簡単に壊そうとするクソαが憎いだけだ。あいつには幸せになって欲しいんだ。もうあんな辛い顔して欲しくないんだよ」
「──それってお前じゃだめなの?」
「俺に栗花落は勿体無いよ……」
──栗花落にはちゃんと栗花落の良さがわかる栗花落を何よりも大切にしてやまない優しくて強い番が必要だ──。
「黒たまごだって、見た目すごいね」
一際人混みの目立つ売店で花瀬は貼られたポスターに指を刺す。
「中身はフツーのたまごでしょ?」
全く黒たまごに心を打たれないらしく真柴の返答は極めて単調だ。
「ちょっとー、ここで食べるっていう付加価値をさ〜」
「俺黒アイス食べたいなー」
「ちょっと〜」
帰りの車の中で真柴は襲いくる睡魔と必死に戦っていた。
「寝ろよ栗花落。疲れたんだろ」
「ん……でも……」
αよりも一回り線の細い身体の小さな真柴は彼等よりも体力がなく、何より初対面の人間 と半日過ごしたのだから無意識にでも緊張していた筈だ──。
「気にしないで、着いたら起こすから」と運転席から花瀬が笑いかける。
「じゃあ、お言葉に甘えます……」
そう言ってあっという間に真柴は眠りに落ちた。
寝顔が可愛いとハンドルを握って興奮する花瀬の頭を江國が乱暴にはたく。
上から奥秋がジャケットをかけてリクライニングを倒してやる。ごそごそと無意識に丸くなって真柴は猫のように眠りはじめた。
「花瀬……、心配してないけど栗花落のこと泣かせたらお前のチンコ切り落とすからな」
「おお怖、俺ってそんな信用なかったですっけ」
「念押しだよ。こいつは俺の数少ない戦友の一人なんだからな」
「肝に銘じるよ」
高速道路の向こうはゆっくり太陽が仕事を終え、景色はそろそろ夜になろうとしていた──。
それから何度か花瀬と連絡を取り合うようになり、真柴は初めて花瀬と二人で会う約束をした。
「──どうしていいかわからない」
と社内のカフェコーナーで真柴は真顔で奥秋に尋ねた。
「ふつーでいいじゃん。初めて会った時ふつーに話してたんだから」
「え? ていうかさ、これって何の約束? 新しい友達のご登場?」
「それは花瀬に聞きなさいな」
「聞きなさいなって……」
ひとりタジダシしてる真柴が素直に可愛いと奥秋は思った。何よりここ最近はずっと暗い顔をしてたから余計だ──。
「花瀬はいい奴だけど俺に気を遣わなくていいからな。嫌な思いしたら絶対にすぐ素直に言え? 絶対だぞ」
「う、うん──わかった……」
真剣な奥秋の声に冗談で答えることも出来なくて真柴は素直に頷いた。
マンションの近くまで花瀬は車で現れ、到着の連絡を受けた真柴は慌てて家を出た。
花瀬の車は派手なメタリックオレンジのSUVで探さなくてもすぐに見つけられた。
黒や白の車にすると駐車場に停めた時に物凄く探して困るからこの色にしたと話していた。
なので先日の江國の黒の車を駐車場で探すのにやたらと苦労していのたのかと真柴は理解した。
「いつまで笑ってんの」
「いや、だって、この間の駐車場で一人だけ真逆に行ったから」
少し抜けたαに真柴は涙を流しながら笑っている。こんな人もいるんだな、と妙に安心すらしてしまう。
「あれは人の車だったからだよ!」
「ん、そだね」と真柴は滲む涙を指で拭う。
目的地に着く間、花瀬は共通の知人である奥秋との学生時代の出来事を話してくれた。二人の出会いや青い若気の至りの数々、奥秋がミスターコンテストで中途半端に5位を獲ったことなど。
真柴はお腹を抱えて終始笑い続けた。
到着した湖は都内とは思えない広さをした湖畔が広がっておりそれは日本一の大きさとのことでまさに圧巻だった。その周りを木々たちがひしめき合って膨大な量で生い茂り、人の手で作られたものとは思えないほど自然豊かでとても美しいかった。
湖の水が澄んでいるからなのか湖面が鏡のような役割をして、波のない穏やかな水の中に二つ目の青空と鮮やかな緑の景色を映し出していた。
迫力ある自然の風景に意識が行きすぎたせいか、真柴は前に進めた左足をうっかり滑らせた。バランスを崩した身体をすぐに花瀬が支えて事なきを得る。
顔が近い花瀬にやけにドキドキして真柴はうまくお礼が言えなかった。
広大な自然の景色を堪能してから二人は知らない郊外にある列のできたラーメン屋に並んで食後はラーメン屋の近くのアイス専門店のテイクアウトを頬張った。
帰りの車内で冒険して入ったラーメン屋の感想を互いに言い合ったりして、そんなたわいのないことが真柴には新鮮で楽しかった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて、すっかり夜になった頃、花瀬はマンションの近くまで真柴を送り届けた。エンジンのかかった車内で真柴だけがシートベルトを外した。
「結構長い時間だったけど、身体大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、すごい楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、俺もすごい楽しかった。気を付けて帰ってね」
「うん……。えっと……」
上手い言葉が見つからないのか、真柴は両手の指を組んでは外してを何度も繰り返し視線は右上を泳いでいる。
「どうしたの?」良くないことでも言われるのかと花瀬は少し身構えた。
「う、家、寄ってく?」
精一杯発した真柴の声は少し裏返っていてその声が花瀬の見事ツボに入ったらしくしばらくは笑いが止まらないようだった。真柴は横で至極不本意そうに唇を尖らせていた。
一瞬真柴のお誘いに迷った花瀬ではあったが、勇気を振り絞って言ってくれた真柴の気持ちを無下には出来なかったので素直に応じることにした。
エレベーターの中で時折思い出し笑いをする花瀬に真柴は「しつこいなっ」と赤い顔でキレていた。
「お邪魔します」
「どうぞー」
出されたスリッパに足を通して花瀬は廊下を進み、真柴の部屋の中を興味津々な目で見回した。
想像通り物が少ない清潔感のあるシンプルな部屋だと思った──。
「綺麗にしてるんだね、俺の部屋の15倍は綺麗だ」
「えっ、花瀬くんの部屋どうなってんの?!」
本気で真柴は驚いている様子だった。
花瀬にはコーヒーを淹れ、自分にはいつものカフェオレを用意した。
「あ、そうだ。この間差し入れで貰ったお菓子あったんだ」と真柴はリビングに花瀬を置いて再びキッチンに戻って行く。
立ち上がった真柴から不意にほのかな香りを感じた。
──雄のαの匂いだ。
お菓子の箱を開けている真柴の背中を盗み見ながら花瀬はこの部屋に残る誰かの存在を知る。
花瀬は突然キッチンにいる真柴の隣に立ってその手元を覗きに来た。思わず真柴は緊張して肩をすくめる。
「そんなお腹空いてないから。ちょっとで良いよ」とやけに耳元近くで囁かれる。
「う、うん。わかった」と真柴が花瀬の方を向くと鼻が当たりそうなくらいに顔が近くにあって真柴は思わず後ろに転びそうになるのを花瀬が支えた。
「──こんな早まるつもりなかったんだけど……」と花瀬は辛そうに睫毛を伏せている。
「花瀬……くん?」
「嫌なら……殴って……」
花瀬の鼻が真柴の肌をかすり、唇を塞がれた。
一瞬驚いてその身体を押しのけようと両手を伸ばした真柴だったが、その手は花瀬の胸に添えられただけで大人しくそのキスを受け入れた。
──キイチ以外の人と……初めてのキス……。
触れるだけの優しいキスに余計キイチとの違いを感じて心が勝手に痛んだ。
胸に当てていた手を花瀬の腰に回して真柴からそのプロセスを打ち砕く。花瀬の口の中に舌を這わせて強く口付けるとそれに応えるように花瀬も真柴の舌を何度も追った。
抱きしめあうと、キイチとはまた別のα特有の匂いがその全身からするのを目を閉じながら真柴は感じていた。
キイチとは別の匂い──だけど嫌じゃない──。
「こういうことは……もっと何回も会ってからと思ってたんだけど……」と申し訳なさそうに花瀬は告げた。
「ごめんなさい。俺のせいだね……」
寝室のベッドの上でしばらく二人はただ抱き合ってお互いの心臓の音を聞いていた──。
それは花瀬が真柴に与えた考える時間に違いなかった。
再びされるキスを真柴は嫌がることなく素直に受け入れ、ゆっくり何度もお互いを味わった。
優しくベッドに真柴の背中を倒し、花瀬は甘いキスを何度も繰り返した。
ベッドに広がる真柴以外の匂いに花瀬は内心酷く苛立ち、目の前の真柴を今すぐ掻き抱きたい衝動にかられていたが、必死に人間の理性でそれを押さえつけては噛み殺す。
勿体ぶって真柴のシャツのボタンをひとつひとつゆっくり外していく。その焦らすような手の動きを真柴は少し緊張しながら眺めた。
露わになった薄い胸に大きな手が這うと真柴は思わず腰を揺らした。
尖った場所を爪でかかれて真柴はびくりと身体を仰け反らせた。花瀬の舌が真柴の唇から首筋に降りてゆきいろんな場所に甘く口付ける。赤く腫れ出した尖った場所を何度も何度も弄られて、真柴は声を我慢できなくなっていた。
それを舌で含んで何度も嬲っては吸い上げる。
さっきまで白かった真柴の肌はピンク色に染まり出し、愛撫のたびに顔を反らせた。
優しい愛撫でゆっくり慣らしてから真柴の濡れた場所を花瀬の指が何度も出入りする。手慣れたその手つきで簡単に真柴の好きな場所を探し出しては執拗に何度もよがらせた。
それがαの嫉妬からくる支配欲だったなんて快感に耐えている今の真柴には想像もついていなかった──。
花瀬はいつの間にか自分の勃ちあがった場所にゴムをつけていた。当たり前のことなのに真柴は目から鱗の気分でもあった。
──でもそれは花瀬が自分を大切に思ってくれている証拠で……なのに、頭の中では別の男が出てきて自分の傷を抉ってくる。
頭の男を追い出すように無心でそれを口に含んでは自分のやれる精一杯で花瀬を悦ばせる。花瀬は真柴の大胆さとあまりのギャップに眩暈を起こしそうだった。
純情そうな顔つきの真柴が花瀬の雄を喉の奥まで咥えて何度も強く扱く。小さい口が必死に花瀬を捕まえている。
「ッ、無理……」
花瀬は苦しげに唸ると真柴を仰向けに寝かせ、片足を持ち上げるとさっきまで指で味わっていた場所に今度は自分の雄を当てた。
真柴は顔の横にあるシーツを握りしめ、くるであろう快感に備えた。
散々慣らされて柔らかくなった場所に花瀬の先端が当たって、ゆっくり中へと進もうとしていた──
「……っやだっ!」
突然真柴が拒絶の声を上げた。思わず花瀬は我に返って動きを止める。
真柴は突然泣き出し、震えている。
突然恐ろしくなったのか、花瀬から逃げるように横向きになって身体を丸くして固まってしまった。
「……ごめん。俺怖がらせたかな?」
不安そうに花瀬が真柴の顔を伺う。
「ごめんなさい……そんなんじゃない……、けど……ごめんなさい……俺……」
「謝らなくていいよ。ごめんね、俺急ぎすぎた」
「違う……花瀬くんは何も悪くないから……」
真柴は全身を震わせながら明らかに泣いていた。表情こそ花瀬から見えないものの真柴は泣きながら必死に顔を横に振っている。
「──好きな人がいるんでしょ?」
口に出したら負けな気がしたのに、とうとう花瀬はそれを口にしてしまった。驚いた顔の真柴がこちらをようやく見た。
「最初から知ってたよ。君からはずっと別のαの匂いがしてた。この部屋からは特にね──。そのαのことが好きなんだね──」
一度視線を合わせた真柴だったが、すぐにその目は伏せられ涙がシーツに落ちていく。
「……Ωなのに、おかしいよね……。好きとか嫌いとか……そんな感情をΩが持つとか、図々しいよね……」
「そんなことないよ。人として感情は絶対的条件だよ。俺が君を好きになったみたいに君だって誰かを好きだと思うのは至極自然のことだよ」
真柴はゆっくり身体を起こして花瀬の向かい合わせに座りようやくちゃんと花瀬に顔を見せた。
「花瀬くんのこと……好きになってた……。会ったら絶対もっと好きになるって思ってた」
「──でも君の心にいるαには届かなかったんだね」
「……忘れたかった……。アイツといると苦しくて、傷付いてばっかで……幸せになんてなれないってわかってるのに──」
「──だったら俺を選んでくれる?」
花瀬は正面からまっすぐ真剣に真柴を見つめた。
「……花瀬くん……」
「──って言っても出来ないでしょ? だからもう諦めなよ。君はソイツを忘れたり出来ない。そのことを素直に受け入れなよ」
真柴はその言葉に唇を噛んで黙ったまま涙を流している。
「それでもやっぱり無理で、どうしようもなくて、誰か助けてってなった時は俺を呼んで? すぐに飛んでくるから」
「──どうしてそんな優しいの……? 俺は……」
「好きなった方が負けなの。君がソイツにそうなように、俺は君に、ね」
花瀬の優しさが辛くて辛くて涙が止まらなかった──こんなおおらかな心の持った人を選べない自分が悔しかった──。天罰がくだってもおかしくない。
「……花瀬くん、俺のことなんて待たないで……」
「そればっかりは……ごめんね。俺の気の済むまでいさせて」
真柴は自分を抱き寄せる花瀬に抵抗することなくその身体に自分の体重を委ねた。
優しくて優しくて暖かくて、素敵な人──。
──なのに、傷付けてごめんなさい。
真柴の涙はしばらく止まることはなかった。
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