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ep.12
あの雨の夜──。
特に深い意味なんてなくて、ただ目に止まったから声を掛けた。泣いてたからなんとなく優しくしたくなった。慣れないことをしたせいで照れ隠しみたいに走って逃げた。
再会した時、自分勝手でした親切だったくせしてそっけない態度にムカついて、なんだかうまくいかなくてイライラもした。
Ωが皆自分 を好きになるとは思わないけれど、それでも邪険にされると腹が立ったし小さなガキみたいに余計躍起になった。
ねぇ、どうしたら今と違う色の瞳で俺を見るの──?
無性にその匂いが嗅ぎたくて、肌触りを知りたくて、甘い声を聞きたくて、もうなんにも我慢できなくて──
運命の番がいるとするならそれはアンタなの──?
──ねぇ真柴、ほんとはね。
アンタを初めて抱いた時、泣いたんだ。
発情期 でまともじゃなかったけど心の中の芯はちゃんとそこに残ってて、アンタの中に入った時に今まで感じたことのない、自分でもなんて呼ぶのかわかんないその気持ちにバカみたいに感動して嬉しくて苦しくて、泣いたんだ。
アンタはずっと怖かったのかもしれないけど、アンタから流れる涙も全部全部自分のものにしたかった。
年下のガキだったから素直に言うのが恥ずかしくて多分アンタをたくさんたくさん傷付けた。酷いことしたのにろくに謝りもしなくて無駄に嫉妬ばっかりして──。
真柴を大切にするあの同僚のαだって気に入らない──アイツが俺を気に入らないとは多分別の意味だったけれど、真柴の傍にいるαは皆気に入らないし傍に寄れないようにわざと匂いを残して回った。
俺はガキだから……、真柴が俺のこどもを妊娠すれば永遠に俺だけのものにできるかもしれないって本当はずっとずっと祈ってたんだ──。
「──赤ちゃんて本当に赤いんだね」
「何それ、月面にでも降り立った飛行士みたいなセリフ」
汗をかいて前髪が額に張り付いた真柴は一晩中襲い続けた痛みと産まれてくる命と戦って疲れ切っているはずなのに優しげに笑っている。
真柴が大切そうに抱える赤い肌をした小さな命が夢や幻みたいで触るのが少し怖い。
「なんで泣いてるの?」
真柴がキイチの顔を見て不思議そうに小さく吹き出した。
「──だってすごいじゃん。真柴と俺のこどもだよ、ヤバくない? この子が明け方まで真柴のお腹の中にいたあの子なの? 嘘みたい、マジでヤバい」
「ヤバいよ。全身の毛穴からなんか出そうなくらい痛かったよ」
「その痛そうにしてる真柴見てたら俺が失神しそうになった」
借りてきた猫みたいにやたら大人しく静かなキイチの姿にケラケラと真柴は笑っていた。
「ほら、抱っこしてみて。毎日声聞かせるんだろ?」
キイチは今までかいたこともない尋常じゃない手汗を何度も神経質に除菌シートで拭きながらぎくしゃくと前後する動きをするものだから真柴は再びツボに入ったらしく涙を流して笑い始めた。
「笑うなって! 緊張してんのっ、あっ、当たり前だろっ」
「ごめんごめんっ、ぷっふふっ……ふふっ」
謝りながらも笑うことは止められないらしくキイチは拗ねながら小さな我が子を真柴からゆっくり譲り受けた。
人間の身体とは思えないくらい軽くて、すごくあったかくて。抱いた腕からじんわりと全身に染み込むように伝わってくる不思議な命。
キイチが目を赤くして何も言えずにただその子の眠る顔をじっと見つめている姿に真柴はさっきよりも強い幸福感に包まれた。
「──お父さんだよ……聞こえるか?」
何度も何度も聞いたことのあるその声に反応したのか小さな手がぴくりと揺れるとゆっくりとその瞼が開き始めてゆく──。
◆1st story end◆
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