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anecdote.3
よく知るキイチの節高く長い指が、真柴の中で自由に這い回る。深く奥を突かれて真柴が甘く鳴くとキイチは嬉しそうに何度もそこを掻き回した。
キイチはラット のくせにやけに今日は冷静で、執拗に真柴の隅まで意地悪く弄ぶくせして自分の身体を真柴に触らせようとはしなかった。
もう羞恥することすら忘れた真柴は、相手の望むまま華奢な身体を惜しげなく開いてはその愛撫に本能のまま感じて酔いしれた。
一番敏感な場所の深いところまでキイチがわざと音を立てながら舌を這わすたび、真柴は高い声で鳴いては赤く染まった汗ばむ肩を揺らした。
組み敷いた身体から熱を孕んだ潤む瞳で何度も懇願されながらもキイチはそれを無視し続けた。いい加減腹が立ったのか、真柴はいきなり右足でキイチの胸を押し退けた。
さすがのキイチも想定していなかった突如乱暴な真柴からの初めての反撃に反応できず、そのままシーツに背中を落とした。
一番驚いたのは真柴がキイチとは頭の向きを反対にしていきなりキイチの雄を口に咥えたことだ。こうすればキイチは簡単に手を伸ばして拒絶できないと真柴は考えたのだろう。
キイチは普段見ることのない真柴のあられもない姿に驚く反面、激しく襲ってくる下腹部の刺激に簡単に降伏した。
自分の雄を真柴に強く刺激されるたび心臓の鼓動が早くなるのを感じて、目の前で揺れている真柴の小さな臀部を撫でたり歯を立てたり、ひくつくいやらしい場所を何度も何度も指や舌でこじ開けては甘く濃い香りに酔いしれた。
真柴はキイチのする執拗で過激な愛撫に時折全身の力を失くしながらも必死にキイチを喜ばせたくて、自分を刺激する雄の匂いに背筋を痺らせながら先の敏感な場所を舌先で弄ったり、やわやわと唇だけでその形を味わったり溢れる先走りを舐めとった。唇を離して手で何度も擦り上げるとますますキイチの雄は形を変えて、うっとりと嬉しそうに真柴は微笑みながら根元の膨らみまで舌で大胆に刺激する。
無理矢理ヒートにされた真柴は欲望に忠実で、キイチが舌で執拗に刺激してくる場所に早く別の熱を感じたくて、キイチの舌から逃れると腰の上に背中を向けたまま跨り、真柴の愛撫のせいで大きく膨れ上がった雄を自分の中にゆっくり沈めてゆく。
ぎゅうぎゅうと苦しそうに大きな熱の塊を小さな場所を戦慄かせながら必死に受け止めて真柴は甘く何度も溜息を吐いた。
「あ……っ。ん……っ。ああ……はぁ……っ」
深く息をしながら真柴は奥深く、最後までキイチを飲み込んだ。最初はただその形を味わうみたいにじっとしてぴたりと吸い付く。
ゆっくり味わいたくて、真柴はキイチを焦らすみたいにそっと揺れる。激しい抽送がなくても真柴はそれだけで気持ちよくて、繋がった場所を何度も濡らして締め付けてはそこだけでキイチを喜ばせた。
キイチは悔しいのか、焦らしてくる小さな尻をパシリと軽く叩いて馬みたいに真柴に合図してくる。仕方ないから真柴はその望みに寄り添って深く奥までキイチを飲み込んだあと、キイチの腹に尻を当てながら大きく細い腰を揺らした。
何度も襲い来る激しい快感にこれ以上大きな声を出したくなくて、真柴は両手で自身の口を押さえつけ、太腿に置かれたキイチの両手を重りに何度も何度も身体を上下させてキイチを喜ばせた。
時折いじわるなキイチがそのリズムを狂わせて下から強く突き上げると、真柴はバランスを崩してシーツに手をついた。塞ぐものを失った場所から大きな嬌声が上がり、キイチは満足気に悪い顔で笑う。
涙目でキイチを睨む真柴を抱き上げて正面から向かい合って膝の上に真柴を座らせ、何度も何度も唇を重ね合った。再び身体の中にキイチの熱が入ってきて真柴はキイチの肩に頭を乗せてため息を漏らす。
優しいのは最初だけで、すぐにキイチは激しく真柴を下から追い詰めては何度も深い場所まで貫いた。もうほとんど声を抑えられなくなった真柴は泣きながら強い刺激を素直に受け入れた。
キイチの雄が刺激によって次第に形を変え出し、限界が近いのを真柴は悟った。
前ならそれを離すまいと真柴も締め付けてキイチを刺激してきていたのに、最近の真柴は違っていた。完全にキイチが形を変えてしまう前にいつのまにか逃げるようになっていたのだ──。
「キイチ……ッ、だめ……っ、中……しないで……っ」
身体を重ねるたびに段々と真柴はキイチの身体の仕組みを覚えていって、本来それはとても自然なことで、お互いが理解し合えている証拠なのに──今のキイチには二人の快楽に水を差す酷く煩わしいだけの言葉に聞こえて──。
ずっと初めての時みたいに理性も何も持てないただ快楽だけに溺れる自分だけのΩでいて欲しかったのに──。
それは人間らしさに欠けた酷い願いだと理解している。真柴の生活や社会の仕組みに反した下等動物みたいな危険な思想だと──。
自分たちが先祖 のままならずっと良かった──。
人間社会の何も知らずにただ己の肉体と一匹の番とで作った家族だけを持って暮らして自然にいつか訪れる寿命を迎えて──。
そうすれば真柴は今すぐ自分だけの番になってくれるのに──。
こんな風に二人で別々の苦しみに苛まれることもなく、お互いの胸の内にわだかまりを抱えたまま不必要な喧嘩もすることなく傷付けあうことなくずっとずっと生きていけたのに──。
「ごめんね、キイチ……」
苦しそうに眼を瞑るキイチの頬に白く細い指が添えられ、キイチは眼を見開き一瞬にして我に返った。
辛そうにこちらを見つめる真柴と視線が重なり、キイチは無意識に流れる自分の涙にその時ようやく気付いた。
「真柴……俺はガキだけど……本当に、本当に真柴だけなんだよ……」
どうすれば信じてくれるのと、キイチは嗚咽もあげずただ静かに濡れた瞳で訴え続けている。
真柴はそんなキイチをもう見ていられないのか肩に両腕を回して強くその身体を抱き締めた。キイチの身体から強い雄の匂いが薄れていて、ラットから抜けたのを真柴は知る。
キイチの声はまるで悲鳴のようで、真柴は自分がいかに残酷なことを彼に強いてきていたのか改めて思い知った。
結局、若くて未来あるキイチに猶予を与えたフリをして……それを免罪符にただ自分が傷付くのが怖かった。
彼が社会に出た時、自分は飽きられて、捨てられて、ある日突然孤独になるのではないかとただ恐ろしくて──。
結局一番に守りたかったのは何よりも誰よりも自分自身だったのだ──。
キイチの人間としての大切な感情を蔑ろにしていたのは寧ろ自分だった……。
いつの間にか真柴の瞳からもキイチと同じ涙が流れていた──。
「ごめんね、キイチ──。俺は自分が傷付きたくなくて、キイチの本気をいつも信じないようにして……たくさんたくさん傷付けたね……ずっと辛い思いさせてたね……」
自分の心の中に固く閉じ込めてあった弱い場所を晒す素顔の真柴をキイチは強く抱き止め、かぶりを何度も振った。
「初めての時……真柴がΩだからしたって俺が酷いこと言ったから真柴の事こんなに不安にさせたんだよな。俺があんな軽はずみなこと言ったから……、でも本当は最初から真柴のことちゃんと好きだったんだよ。そんなの初めてのことだったから俺上手く言えなくて……」
「もうそんな昔のこと気にしてないよ」と真柴は少しだけ笑ってみせた。
「結婚した時、俺マジで嬉しかったんだよ。でも番になったわけじゃないし、真柴の中にあるそういう不安とか根底から全部変えることが出来ないのはわかってた……」
「驚いた……。キイチって俺の思う以上に俺のことに詳しいね。図星すぎて恥ずかしいし、年上としてはちょっと情けない」
「──わかるよ、舐めんなよ。真柴が思ってる以上に俺は真柴を追いかけてたんだから」
大きな愛情でいつも自分を抱き締めてくれている愛しい男の胸に顔を寄せ、真柴は安堵したように目を瞑って微笑む。
身体ばかり自分より大きいだけの、年下で理論より感情論の子供とばかり勝手に思い込んでた。
そう思う方が裏切られた時に楽だと無意識に予防線を張っていたのだ──。
真柴はひとつ小さなため息を落とし、頭を起こすとキイチの顔を覗き込んだ。
まだ涙で濡れるその青グレーの綺麗な瞳を見つめながら濡れた頬を指で拭ってやる。
真柴からはもう悲しい涙は消えていて、愛しい相手を想う優しい微笑みだけがそこにあった。
「俺の可愛いキイチ、俺だけの──α」
真柴からゆっくり優しく口付けると、キイチが瞑った瞼から溢れた一粒の涙が真柴の肌の上で弾けた。
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