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anecdote.7
携帯が鳴り、真柴はソファ前のテーブルの上に置いたままだったそれを手に取りすぐに応答した。
「もしもし、夏目さん?」
「おー、元気にしてるか?」
声の主は真柴の良き理解者であり直属の上司でもある夏目だった。
初めての育児に悪戦苦闘する日々の真柴の少しでも息抜きになればと、真柴の愚痴を聞くため夏目はこうやって時折電話をくれる。
真柴も素直にそれに甘え、毎回ありったけの愚痴を溢す。もちろん大抵は夫、キイチの愚痴だ。
現在最大の腹立ちポイントは、息子を簡単に眠らせるあの呪文だったため、懇々とそれについて夏目に吐き出した。
それとちょっと表現の仕方に困りながら、キイチと正式に番になったことを伝えると、頑固な部下の年貢の納め時に安堵したようで「そうか」と優しく返事をくれた。
「こりゃ、二人目も近いな」
「何言ってんですか、まだ大弥が産まれたばっかりですよ。それに俺は仕事に早く戻るって決めてるんですから」
「早くまとめて産んどけばその分あとは好きなだけ仕事に専念出来るぞ?」
「簡単に仰りますけど卵でするんと産むわけじゃありませんからね。代わりに夏目さんが産んでくれるなら考えなくもないですけどね」
「そればっかりは無理だ。俺は痛いのに弱いんだ」
「俺だって別に強いわけじゃありませんから!」
夏目は前後の会話の何がツボだったのか、突然大きな声で笑い出すものだから真柴は意味がわからず眉根を寄せる。
「はははっ、お前もすっかり板について来たね」
「何がです?」
「キイチとの新しい人生が、だよ。メディア部に来た時のお前にそんな明朗さは全くなかったからな。好きな男が出来て、紆余曲折の末結ばれて、あっという間にこどもまで授かって。やはり色気のないネガティブなお前にはアイツの存在は効果絶大だったな」
電話の向こうでガハハハと能天気で下品な笑い方をする夏目に、真柴は自分の頭の中で何かの線が切れた気がした。
「仕事に戻ったらセクハラで訴えてやる!」
──このエロ親父! と、最後に付け加えなかったのは自分もハラスメントになり兼ねないからだ。
ドスの利いた吐き台詞と共に真柴から乱暴に電話を切られ、夏目は「あれ?」と、何も応答しない携帯を眺めてひとり首を傾げた。
そして、しばらくは真柴が自分からの電話には出ないであろうことを悟った──。
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