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7 歪んだ関係※
短い冬休みが明け、授業が始まった。牧野とは主専攻が同じなので、どうしても授業が被る。いくら避けようとしても、顔を合わさない日はない。しかもこいつは、俺が教室のどこにいても目敏く見つけ、他に空いている席があるにも関わらずわざわざ隣に座ってくるのだ。
「おはよう、伊吹ちゃん。今日も早いね」
などと言い、馴れ馴れしく肩を組んでくる。お前達いつも仲いいな、などと同級生に揶揄われもする。腹立たしいことこの上ない。
「別に仲良くない。こいつがしつこく纏わり付いてくるだけだ」
「酷いぜ、そんな言い方。オレ達、仲良しだろう?」
「うるさい。しつこい。寄るな」
「伊吹ちゃんは、所謂ツンデレなんだよな~。ほんとはオレのこと大事に思ってるくせに」
「思ってない。黙れ」
授業が終わると、荷物を纏めてさっさと帰ろうとする俺を引き留めて必ずこう言う。
「今晩、暇?」
無視して立ち去ろうとすると、強い力で腕を掴まれる。
「暇?」
「……暇じゃない」
「部活?」
「そうだ。部活がない日はバイトがある。お前みたいに暇じゃないんだ」
腕を振り払って教室を出る。背もたれに寄り掛かって溜め息を吐く牧野の姿が、視界の端に映った。
部活を終え、食堂で夕食をとり寮に戻ると、共用玄関の前に長い影が立っていた。
「またか……」
牧野だ。たまにこうして、寮まで押し掛けてくる。暇じゃないと言ったのに。
「やぁ伊吹ちゃん。いい夜だね」
「どこがだ。そんなに震えて」
柄物のマフラーから白い息が漏れる。鼻も耳も真っ赤だ。一時間以上はここで待っていたに違いない。
「部屋には上げない」
「わかってるよ」
「何しに来た」
「伊吹ちゃんの顔を見に来ただけだよ」
「……嘘だ」
「嘘じゃないって。あとはまぁ、夜遊びしないで帰ってくるかどうか、ちょっと気になって」
嘘だ。どうせ、あわよくばと思っているに違いない。
「……なら、もう帰れよ」
「わかってるってば」
俺は玄関をくぐり、靴を履き替えた。軋む廊下を進む。玄関の鍵は掛けなかった。あいつは、まだ追いかけてこない。本当に帰ったのか。まさか本当に顔を見に来ただけだったのか。いや、帰ってくれた方が俺としては嬉しいのだが、こうもあっさり引き下がられると釈然としない。今までの執拗さはどこへ行ったのだ。
「……おい」
玄関を開けると、やっぱり同じ場所に立っていた。
「……入れよ」
「いいのかい?」
「何もしないと誓え」
「それはどうかな」
「じゃなかったら今すぐに死ね」
牧野は眉をハの字に傾けて笑う。
「わかったよ。何もしない」
以前そうしたように牧野をベッドに座らせ、マグカップにココアを一杯淹れてやった。俺はドアの前に立ち、ベッドの方を注視する。
「そんなに怖がらないでおくれよ」
「怖がってない」
「何もしないって言ったじゃないか」
「……信用ならない」
牧野はまた困ったように笑う。
「だったら部屋に上げたりしちゃダメだぜ」
「お前、なんでうちに来るんだ。俺は暇じゃないと言ったはずだ」
「さっきも言ったろう? 伊吹ちゃんに会いに来ただけだよ」
「嘘ばっかり言うな。そんな理由で寒い中何時間も待つわけない。そのうち風邪を引くぞ」
「伊吹ちゃんはお節介だなぁ。オレが風邪を引こうがどうだっていいだろう? オレのこと、嫌いなくせに」
それはそうだが、家まで訪ねてきたのをほったらかして風邪を引かれたら、なんだか見殺しにしたみたいで気分が悪いじゃないか。
「そんなに気になるなら、伊吹ちゃんがオレのうちに来てくれよ」
「はぁ……? 何を馬鹿なことを」
「これは真面目な提案なんだぜ。ここよりオレのアパートの方が広いし、暖房の効きもいい。大学からも近いだろう? 近所に定食屋もある。好物件じゃないか」
「だからって……」
「そうじゃなかったら、毎日寮まで通っちゃうぜ? オレは伊吹ちゃんと違って暇だからなぁ」
「そんなことしたら目立つだろ」
「そうだね、目立つねぇ。毎晩男を連れ込んでる~、なんて噂が立っちゃうかも」
「お前、どういうつもり――」
カツン、とカップが机に置かれる。俺は反射的に身構えた。しかし牧野はへらへら笑う。
「怖がらないでよ。何もしないって言っただろう」
「怖がってない」
「ココアごちそうさま。甘くて美味しかったよ」
そう言って鞄を背負う。
「……帰るのか?」
「帰るよ。もう遅いしね」
玄関の鍵を掛けなくてはいけないから、俺もついていく。
「さっきの話、考えといてくれよ」
「……俺は行かない……」
「まぁま、そのうち気が変わるかもしれないから。それじゃ、明日また学校でね」
暗闇に、派手な髪色が映える。
*
それからどうなったかというと。俺は週に一、二回の頻度で牧野のマンションへ通っている。仕方がないだろう。寮に通われるよりはマシだ。毎回ココアを振る舞うのは面倒だし、玄関で待っていられたら人目に付く。ただでさえ目立つ見た目をしているというのに。
「おかえり~、伊吹ちゃん。ちょうど届いたところだよ」
俺が行く時、こいつは大概デリバリーを頼む。寿司やラーメンの時もあるが、今日はピザだ。箱を開ければふわりと湯気が香り、濃厚なチーズがとろりと溶けて、なんて贅沢なんだろうと思う。
「いっぱい食べていいよ。バイト疲れただろう」
牧野はそう言って、半分以上俺に食べさせる。牧野の金で買っているのに悪いなぁと思いつつ、これから起こることを考えれば当然の権利なのではないかとも思い、遠慮せずに平らげた。
食事の後シャワーを借り、牧野の用意した大きめサイズのパジャマを着る。俺は夜はジャージかスウェット派なのだが、こいつがどうしてもパジャマを着ろと言うので、甘んじて受け入れている。
牧野はリビングで映画を見ていたようだが、俺が風呂を上がったのに気づくとすぐにテレビを消してしまった。
「髪は乾かしたかい」
「乾かした」
「そ。じゃ、寝ようか」
肩を抱かれ、寝室へ連れていかれる。ベッドはセミダブルで、寮のそれよりも一回り大きい。しかし男二人で寝るとなるとかなり窮屈だ。俺は気を遣って、ベッドの端っこギリギリで外向きに横になるのだが、牧野はそんな俺を中央へと抱き寄せる。
「どうしてそんなに離れちゃうのかな」
「……狭いだろ」
「つれないなぁ。狭いからいいんじゃないか」
「俺は眠いんだ」
「そんなこと言ってさ、本当はわかってるくせに」
横を向いていた体を仰向けに倒される。淡い電灯に照らされて、金髪が透けて光る。
行為が終わったのは、夜もすっかり更けた頃だ。バイトで疲れた体をさらに痛めつけられた。動けない。動けないので裸のまま毛布に包まっている。お茶を取りに行っていた牧野がキッチンから戻ってくる。俺は疲れ果てているのにこいつだけ余裕そうなのがまた腹立たしい。
「伊吹ちゃんも飲みなよ」
と、ペットボトルをサイドテーブルに置く。俺は黙ったまま布団を深く被る。
「水分摂った方がいいぜ? 汗も掻いたし」
「……」
「えー、無視? それとももう寝たのかな?」
牧野のすらりと伸びた指が、俺の散々拡げられた尻の穴に触る。ぞくっとして、体が勝手にビクつく。
「っ! おい、やめろ」
「起きているならちゃんと返事してくれよ」
「お前と話すことなんかない。もう終わっただろ。俺は寝る」
「でもさ、せっかくこんなにいっぱいローション使ったのに、終わりにしたらもったいないと思わないかい? ほら、弄っていると奥からどんどん溢れてくるぜ」
「っ、お前が……ほじくるから……」
指を埋められると、中に仕込まれたローションが押し出されて溢れる。その感触が何とも言えず不快で、つい太腿を締めてしまう。
初めてこのベッドで寝た日、サイドテーブルの引き出しにローションやコンドームが詰まっているのを見つけ、あるなら最初から使えと牧野に詰め寄った。こいつは案外素直に俺の要求を呑み、それ以降は前戯にローションを用いるし、本番もコンドームを着けて行うし、だからもちろん……つまり、中に出されることもなくなった。
だからといってこいつと交わることに忌避感がなくなったかというとそうではない。ただ、最初みたいに縛られたり、殴られたり、尻を舐められたり、腹を下したりすることはなくなったので、俺の心身への負担はいささか軽くなったと思う。
「なぁ、もう一回くらいできるんじゃない?」
「ぅ……、む、むりだ……」
「でも、明日休みだろう? オレは朝までしたっていいんだぜ」
「あ、あし、た……?」
「だってもう春休みだろう? 伊吹ちゃんだって休みだよね」
「ぁ、あした、は……っ」
ぐり、と尻の中のとある箇所を擦られる。そこを弄られると体がおかしくなるから嫌いだ。電気を通されたみたいに腰が勝手に跳ねる。変な声まで出そうになる。そして何より、射精しそうになる。でも死んでも射精なんかしたくない。意識が下半身に持っていかれて、頭がぼうっとしてくる。まともに物を考えられなくなる。
「オレね、また伊吹ちゃんの寮でしたいんだ。どう? 明日。暇だよね? 寮、行っていい?」
「ぅくっ……だ、だめだ、……かべ、が……っ」
「壁薄いから隣に聞こえちゃうって? 大丈夫だよ、特別優しくするから」
「そ、んな……ぁっ、いやだっ……」
ああ、そこばっかり擦らないでくれ。射精したい。したくないのに、したくてしたくて堪らない。しかし尻だけで達するなんて訳がわからないし、男としてあってはならないことのような気がする。牧野の手前、自分で前を擦るのも嫌だ。ああ、でも、もう射精 したい……我慢できない……
「よし! じゃあ、決まりだね」
「あっ……」
ずるりと指が抜けていく。思わず、切ない声を漏らしてしまう。与えられていた質量を失った尻穴が、元の形に戻ろうと収縮する。
「明日は伊吹ちゃんの寮でするからね」
おやすみ、と言って牧野は布団を被った。何が、よし! だ。俺は全然よしじゃない。あともうちょっとで射精できそうだったのに。体の中に籠りっぱなしの熱が、ぐるぐる渦を巻いている。しかも、明日の予定を勝手に決められた。
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