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8 侵蝕※※

「いやぁ~、いつ来ても狭いねぇ~」    部屋に一歩踏み入るなり、牧野は実に失礼なことを口にした。   「文句があるなら帰れ」 「いやいやぁ、文句だなんて。久しぶりに来たから、テンションが上がっているだけさ」    昨晩の口約束などすっかり忘れていた俺は、起きてすぐに一人で帰ろうとしたのだが、寝こけていたはずの牧野が飛び起きて約束がどうのと騒ぐので、仕方なく寮まで連れてきてやったのだった。   「悪いがピザは取れないぞ」 「わかってるよ」 「飲み物もココアとお茶しか」 「わかってる。そんなつまらない会話をするために、オレをここへ呼んだのかい?」 「はぁ? お前が来たいと騒ぐからだろ」 「そういうことじゃなくってさ」    腕を引かれ、ベッドに倒された。視界が牧野でいっぱいになり、つい顔を背ける。   「夜の続き、しようぜ」 「……俺は、別に……」 「そう? 半端なところでやめちゃったから、辛いのかと思っていたよ」 「そんなわけ……」    わざわざ言及されると思い出してしまう。腹の奥底で燻り続けた昨晩果たせなかった衝動が、今再び炎を上げて燃え始める。   「そう言う割に、伊吹ちゃんのここは少し勃ってるぜ」 「なっ!? や、やめろ」    ズボンの上から股間を撫でられる。居たたまれない。と同時に、熱い衝動はますます激しく燃え盛る。手足に力が入らず、全力で抵抗できない。    ベルトを外され、服も下着も次々脱がされた。直接触られると、言い逃れできないほど大きく勃ち上がってしまう。羞恥と屈辱と僅かな快感を追い払いたくて、俺は枕を抱きしめ顔を(うず)めた。   「大丈夫だよ。口でするのは気持ちいいだけって、前にもして知ってるだろう?」 「……し、しらな……っ」 「だったら何回でも教えてあげる」 「ぅあ……っ」    こんなの、本当は嫌なのに。馬鹿みたいに大股をおっ広げて、男の急所を牧野なんかに握らせているなんて。こんなの嫌だ。恥だ。俺は強い男なのに。   「ひぁっ……く、ぅう……」 「裏筋、好きなんだね」 「ちがっ……んん……っ」    なのに、どうしてか抗えない。本能が理性を焼き尽くしていく。早く出したい。射精したい。そればかりが頭の中を駆け巡る。ああもう早く。早くして。イかせて。   「だ、め……だめっ、もう……っく、いく、やめ……っ」    鈴口を舌でぐりぐりほじくられた。駄目だ、と頭の片隅ではわかっていたのに、俺は盛大に腰を跳ねさせて射精した。その最中にも、亀頭や裏筋を虐められるものだから堪らない。   「ひっ、ゃ、だめ、だめっ……は、はなし、て……っ」    息も絶え絶えに懇願すると、ようやく口が離れていく。それでようやく一息吐ける。俺はどうも一回一回の射精が重すぎるらしい。一回果てただけで全身が重怠くなってぐったりしてしまう。夢の中にいるみたいにぼんやりして、頭が回らなくなる。それはもう、牧野が俺の吐き出した精を尻に塗り込んで準備をしているのにも気づかないくらいには。    ヴーン、と遠くで何かが鳴動している。この音、何だったっけ。聞き覚えがあるような。遠くで鳴っていると思ったら、案外近い。そうだ、机の上だ。机に置いたスマートフォンが鳴っているのだった。全然気が付かなかった。   「しつこい電話だね」    牧野が呆れたように言う。俺は力の入らない腕をどうにか持ち上げて、スマホを開いた。画面を一目見て、瞬時に脳が覚醒する。叡仁先輩からの電話だった。まさか、一体、何の用で? 高鳴る胸を押さえて深呼吸する。   「おい、少し休憩だ」    いつの間にか尻を弄っていた牧野を蹴散らし、俺はベッドに正座して電話に出た。おはようございます、と俺が言う前に、叡仁先輩の溌溂とした声がスピーカーから弾ける。自然と背筋が伸びる。   『おはよう、藤井! 今日は珍しいな。どうしたんだ?』 「へ? お、おはようございます!」    先輩が何の話をしているのかわからない。先輩も、俺が何を言っているのかわからないといった様子だ。   『うん? お前、本当に今日はどうしたんだ? 風邪でも引いたのか?』 「えっ、えっと、風邪は引いてないです!」 『それならいいんだが……。お前が部活を無断で休むなんて今までなかったから、少し心配したんだ』    はっと気が付いた。ようやく自我を取り戻したという感じだ。今日は休みなんかじゃなかった。今までこんなことなかったのに、どうして忘れていたんだろう。先輩と練習できるのは残りほんの僅かなのに、こんなところで退廃的な快楽を貪っている場合ではない。   「すっ、すいません! 俺、すっかり……今すぐ行きま――」    急いでベッドを下りようとしたが、思いっ切り足を引っ張られて叶わなかった。無様に突っ伏してしまい、ひしゃげたような声が喉から漏れる。   『藤井?』 「す、すいませ、何でも、な゛っ!?」    何の前触れもなく、いきなり怒張を突き挿された。叡仁先輩はますます怪訝そうだ。   『藤井、本当に大丈夫か? やっぱり調子が悪いんじゃないか?』 「だっ、だいじょぶ、でっ……」    通話中にも関わらず、激しく腰を打ち付けられ(はら)を穿たれる。痛みなのか快楽なのかわからない感覚が込み上げる。発散したはずの熱がぶり返す。一旦正気に返ったはずなのに、またおかしくなっていく。   『藤井? 具合が悪いなら、今日は無理せず休むといい。みんなには俺から言っておくから』 「は、い……っ」 『本当に苦しそうだぞ。熱でもあるんじゃないのか? 体温計は持っているか?』 「ぁ、ありま……、ふっ……」 『藤井……?』    どうしよう。叡仁先輩に知られてしまっただろうか。俺の、男らしさとは程遠い浅ましさを。知られたくなかった。先輩の高邁な精神を穢してしまうようで辛い。耐えられない。   「先輩に聞かせてあげようか」    耳元で牧野が囁く。こいつの思い通りになんてなって堪るか。俺は必死に歯を食い縛る。マットレスが酷い音を立てて軋むのが気になり、少しでも距離を取ろうと膝立ちになって壁に縋り付いた。ひんやり冷たくて、僅かだが気分が落ち着く。   「は……ぅ……」 『藤井、辛いのか? あまり酷いようなら、見舞いに行こう。一人では大変だろう』    こんな異常事態でも叡仁先輩は優しい。嬉しい。好きだ。   「だっ……だいじょうぶ、です、っ……ともだち、よんだので……っ」 『本当か? 部活終わりに寄ってもいいんだが』 「う、うつったら……、もうしわけない、のでっ……」 『……そうか。くれぐれも無理はするなよ。暖かくして、場合によっては病院に行くんだぞ』 「はいっ……ぁ、ありがとう、ございます……っ」    電話が切れた。緊張の糸も切れ、全身から力が抜ける。だらりと腕が垂れ、画面が暗くなったスマホはベッドに投げ出された。このまま重力に身を任せてしまおうとしたのに、牧野がはっきりとそれを拒む。膝立ちのまま、冷たい壁に手をつかされる。   「ま、きの……も、いやだ、やめ……」    牧野は黙り込んだまま、ぐっぐと腰を進める。ローションがなく慣らし足りなかったのか、粘膜が引き攣れて痛い。   「いや、だっ……もう、おわりだ、今日はもう、……おわり、にっ……」    逃げ出そうと藻掻くも上半身は壁に押さえ付けられ、下半身もしっかりホールドされてしまって動けない。   「な、んで、……も、抜け、ぬいてっ……こんなこと、してる、場合じゃ……っ」    牧野は何も言わない。顔も見えない。力任せに掴まれた腰が痛い。突かれる度に骨がぶつかって痛い。硬く冷たい壁が痛い。痛い。痛くて堪らない。   「ぃ、やだっ……おれ、なんで、こんな、……おまえ、なんかと、こんなの……っ!」    ストロークがどんどん激しくなる。容赦なく奥を叩かれる。そろそろ射精する気だ。どうしよう、このままでは……   「だめっ、いやだっ、抜い――ッ」    耳元で低い唸り声がし、胎内に生温かい感触が広がった。中に、出されてしまった。暗闇に身一つで放り出されたような絶望に襲われる。この感覚は同じ経験をした者にしかわかるまい。この男の手によって雌にされたのだと、明白な証が体に刻まれる。    俺はベッドに倒れ込み、顔を伏せて枕を濡らした。そして静かに己を呪った。大切なことを忘れ、本能の赴くままに悦楽に耽っていたこと。俺が好きなのは叡仁先輩ただ一人だったはずなのに、俺を憎いと言う牧野に易々と体を許したこと。どうしてこうなってしまったのか。俺の意志が弱いせいなのか。わからない。    一旦離れたはずの牧野の手が、再び俺の腰を持ち上げる。尻臀を割かれると精液が溢れる。適度に濡れてしまった入口に、再び切っ先が押し当てられる。   「まっ、もう――」    嫌だ、と言い切らないうちに、再び貫かれた。あまりの激しさに脳天まで痺れが走る。牧野はだんまりを決め込んだまま腰を振り続ける。この部屋にコンドームはない。きっとまた中で出すつもりだ。   「やっぱり、嫌いだっ……きらい、だっ……、おまえのことなんか……っ!」    牧野の湿った息が時折背中を撫でる。俺は枕に顔を埋め、ひたすらに耐えた。

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