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番外編 2 好きな人は誰ですか※※※

 当日。いまだ残暑の厳しい、蒸すような夜だった。学生の頃によく行ったような食べ放題の焼肉チェーン店ではなく、銀座の高級ステーキハウスで舌鼓を打ち、学生の頃によく行ったような一杯380円で飲みまくれる酒場ではなく、ピアノの生演奏が聞けるバーでワインを嗜んだ。最終電車に間に合うように先輩と別れ、いい気分で帰宅した。   「ただいまぁ」    玄関を開けても返事はなく、部屋も真っ暗だ。寝室を覗くと、ベッドに人影が一人分。壁の方を向いて丸まっている。   「まーきーの! ただいま!」 「……おかえり」 「もう寝てたのか? 早いなぁ!」 「伊吹ちゃん……結構飲んだだろう」 「普通だぞ。芋焼酎はなかったから飲めなかったけどな! 先輩に、お前にはまだ早いと言われてしまった!」 「いや、大分酔ってるよね。何だい、その喋り方」 「おかしいか?」 「かわいいけどさ……」    牧野はゆっくりと振り向き、俺の姿を捉えるなりぎょっとした顔をした。なぜかというと、俺がその場で服を脱ぎ、脱いだ服を床に放り投げていたからだと思う。   「ちょ、えっ? 何してるの。お風呂はあっちだぜ」 「だってすごく暑いから」 「普段こういうことしないのに……」 「おかしいか?」 「いや、でも……」    下着まですっかり脱いで裸になり、牧野のいるベッドへと飛び込んだ。弾力のあるマットレスが優しく俺を受け止めてくれる。   「はぁー、あはは、飲んだ飲んだ」 「やっぱり飲んだんじゃないか。あんまり強くないくせに」 「俺は強い男だ!」 「はいはい。いくら強くても、お腹冷やすとよくないぜ」    タオルケットを掛けてくれ、牧野はまた壁側を向いて横になった。寝ようとしている。   「まーきーのぉ」 「何さ。もう遅いんだから早く寝て――」    背中にぴったりくっつくと、牧野は喋るのをやめて息を呑んだ。   「……つかさ」    さらに名前で呼ぶと、ごくりと生唾を呑む。くっついたところから、牧野の温度がひしひしと伝わってくる。   「なぁ、司」 「……なに」 「なぁなぁなーぁ」    頬をすり寄せて抱きつく。俺は裸だがこいつも薄着なので、腕や脚やお腹など軽く素肌が触れ合う。冷房は効いているはずなのに、汗で湿っている。   「そんなにしても、今日はしないよ」 「えーっ」 「酔った子とする趣味はないからね」    俺がここまでしているのに手を出さないなんて。プライドが傷付く。俺はむすっと頬を膨らませた。   「初めてした時酔ってた」 「う……それは言わないでおくれよ……」 「もういい。お前がしないなら俺がする」 「え……?」    戸惑う牧野の短パンを下着ごとずり下ろした。ぶるん、といきり立ったものが飛び出し、顔面に直撃する。   「うわっ」 「ご、ごめん」 「いい。それよりお前、あんなこと言っておいて、ここはしっかり腫らしてるじゃないか。ふふ、かわいいな」 「それはまぁ、不可抗力ってやつで……」 「ちょっと抱きついただけでか?」    優位に立ったみたいで気分がいい。俺が触ったことで一層硬くなった男の分身にキスをし、大きく口を開けて咥えた。お風呂に入ってしまったからか、雄臭さが薄れてしまって少々物足りない。   「い、伊吹ちゃん……いいの?」 「ん……すきだろ?」 「好きだけど……」    指を輪っかにして根元を扱きながら、できる限り深いところまで口に収める。鈴口を舌でほじくって、溢れてきた汁と唾液とを混ぜ合わせ、全体に塗り付けるようにしてしゃぶる。強く吸ってやると牧野の腰が揺れる。奥まで入られると苦しいが、喉の開き方を覚えた今では嘔吐(えず)くこともない。   「伊吹ちゃんが自分からこんなことするなんて……いつも、オレがお願いしなきゃしてくれないのに……」 「んんむ」 「あはは、何言ってるかわからないよ」    別に、口でするのは嫌いではない。味や匂いや牧野の反応がよくわかるから、むしろ好きな部類に入る。しかし、自分から咥えるなんてあまりにはしたない。性に奔放な感じがして嫌だ。俺はそんなふしだらな男じゃない。    牧野が優しく俺の頭を撫でる。短い髪の毛に指を通して梳く。そこから流れるように耳や頬を撫でる。撫でられるのは好きだ。気持ちいい。もっとしてほしい。   「んむ……んっ……!?」    頬や顎を撫でていた手が滑っていって、不意に胸を悪戯された。寒くなんかないのにツンと尖ってしまったそこを指先で摘ままれ、くりくりこりこり捏ね回される。そうされるとますます固く尖ってしまい、膨らんだ分だけ感度が増す。腰がじぃんと重たくなって、勝手に声が漏れる。   「んふ……ん、んぅ……ふ、ぅ……」 「伊吹ちゃん、かわいいよ」 「んん……ふぁ、あ……っ」    自分から始めたことなので意地で頑張っていたが、執拗な乳首責めにとうとう白旗を上げた。口を離すと、唾液と先走りの混じったものが銀の糸を引く。濡れた唇を牧野の指が拭ってくれる。   「出さなくていいのか?」 「うん。それより……」    ねだるような目だ。口に出すより胎に出したいということだな。言われなくてもそれくらいわかる。俺はサイドテーブルの引き出しを開け、いつも使っているローションを手に取った。   「今日は俺がする」 「えっ、でも……できる?」 「前にもしたことあるだろ。忘れたのか」 「忘れてはないけどさぁ」 「いいから、お前はのんびり待ってろ」    牧野を仰向けに押し倒し、俺はその上で四つ這いになって、ローションを纏わせた指で尻の穴を弄る。いつも牧野がするようにまずは中指で門を抉じ開け、緩んできたら人差し指を添えて入口を拡げていく。ローションを馴染ませるようにして凹凸のある腸壁を擦り、奥までじっくり解していく。   「伊吹ちゃん、無理しなくていいからね」 「して、ないっ」 「本当? ちゃんとしないと、挿れた時に痛いぜ」 「だいじょぶ、って、いって……ん、っ……なぁ、くち……」    唇を尖らせてねだると、牧野は俺を抱き寄せて優しくキスをした。最初は触れるだけ、寂しくて舌を出すと即座に絡め取られ、徐々に激しいものになっていく。厚みはあるがすらりと長い牧野の舌が、歯列をなぞり舌の付け根をくすぐる。特に上顎を撫でられると堪らない。ぞくぞくする。   「八重歯、かわい」 「ふぁ……ん、んぅ、ふ……」    キスしながら後ろを弄ると愛液のようなものが滲み出てきて、ローションもいらないくらいに濡れてしまう。これではただの淫乱じゃないか。いつも準備をしてくれる牧野には、この俺のふしだらな体を知られてしまっているのだろうか。そう思うと恥ずかしくて目も合わせられない。と同時に、後ろがキュンと甘く疼く。    不意に牧野の手が腰に回り、尻を撫でられた。やんわりと手首を掴まれて指を抜かされ、物欲しげにヒクつく穴に怒張を突き付けられる。   「っあ、ま、だめ、まだ、ぁあ……っ」 「まだ?」 「ま、だぁ……まって、まっ……」    意志に反して腰はどんどん落ちていき、ぬるん、と丸い亀頭を呑み込んだ。あとはもうあっという間だ。いくら背中を反らして頑張っても、俺のそこは勝手に牧野を呑み込んでいく。根元までずっぽり埋まり、陰毛のざりざりした感触を尻に感じる。   「あ゛……、はぁ゛……っ」 「えらいえらい。ちゃんと全部入ったよ。ちょっとキツいかな」 「こ、こども……じゃない……」 「子供扱いなんかじゃないだろう? 子供にこんなことしないしさ」 「ん゛……ぅ……」    Tシャツを捲って素肌をくっつける。こうして体を密着させると、牧野の心音や息遣いを直に感じられてほっとする。   「んん……司……♡」    中のものが、ピクンと反応する。腰を抱かれ、頬にキスされる。   「動いて」 「まだ、このまま……きもちい、これ……」 「っ……」    ああ、また。胎の中で、アレがピクピク震えている。我慢しているのか。可愛いな。   「伊吹ちゃん……このまま動かないなんて、さすがに拷問だよ」 「でも……くっついてるの、すきだ……」 「オレも好きだけど……でもオレは動きたいっ」    尻臀をぎゅっと掴まれ、思い切り突き上げられた。   「んぁ゛……っ! ま、まて、今日は、おれが、ぁ゛……!」 「待てるわけないじゃないか! 伊吹ちゃんがかわいくってかわいくって、オレどうにかなりそうだよ」 「でも、でもっ……んん゛……っ」    突き上げに合わせて腰をうねらせる。俺がすると言ったからには、これくらいしなくては。少しでも牧野によくなってほしい。   「っ、すご……腰、動いてるよ。伊吹ちゃん」 「ん゛、はぁ゛……き、きもちい、か? つかさ……♡」 「うん、すっごくいい……」 「おれも……っ、もっとついて、ぐりぐりしてぇ……っ」    なりふり構わずおねだりすると、エラの張ったカリ首で前立腺を押し潰される。ビリビリビリッ、と強烈な痺れが全身に広がる。   「ん゛ぁっ! あっ、ぉ゛、そこ、そこきもぢいっっ!」 「ここ好きだね。ぷっくり腫れちゃって、かわいいよ」 「んぁ゛あっ……ふ、ぁ゛ん……っ!」    自分で後ろを慣らしていた時、あえてここは触らずに残しておいた。俺は楽しみは取っておく派だ。牧野に直接刺激されるのを待っていた。それがまさか、こんなにも功を奏すなんて。今すぐにでも達してしまいそう。   「だめ、だめぇ、やっ、ぁ、あ゛っ……」 「ふぅ……伊吹ちゃんのナカ、びくびくしてきたね。イきそう?」 「いっ、ちゃう゛……っ、だめ、だめっ、まだいっちゃっ……!」 「いいよ、イきなよ」 「ぅ゛……あ゛っ――」    耳元で甘く囁かれた。瞬間、きつく胎内が締まって、俺は達した。下腹に湿った感触があり、前立腺を擦られただけで射精してしまったのだと知った。   「んは……はぁ……」    余韻に浸りつつ腰を揺らして中を擦る。牧野はまだ元気だが、一旦抜かれて体勢を変えられた。俺はもう腰が抜けてしまって起き上がるのも容易ではないのに、強引にベッドから下ろされて窓際に立たされる。カーテンを開けると部屋の様子がぼんやりと映る。牧野は俺の背後に立って、唯一残っていたTシャツを脱いだ。その男らしい仕草にまた濡れてしまう。   「つかさ……♡」 「その声やめてくれないか」 「……きらい?」 「じゃなくて……だって、我慢できなくなるだろう」    力強く腰を掴まれ、立ったまま後ろから挿入された。ひんやり冷たい窓ガラスに手をついて、俺はどうにか体を支える。   「ん゛はっ……、すごい、あっ、おくまで、はいって……っ!」 「気持ちいいね……」 「きもち、ぃ、きもちいいっ……! もっとおく、いっぱいついてぇ……っ」 「っ……そんなに煽らないでくれるかな」    ガラス越しに、牧野の目が鋭く光った気がした。うなじに噛み付かれて体を固定される。ちょうど、猫の交尾で雄が雌の首を噛んで押さえ付けるような感じだ。野性のセックスをしている、と思うと、後ろが勝手に牧野のものを締め付ける。   「つかさ……司ぁ……♡」    唇は勝手に媚びたような甘ったるい声で愛しい男の名前を囀る。腰も勝手にくねって、抜き差しされる肉棒をしゃぶり尽くそうとする。吐いた息で窓ガラスが白く曇り、その部分を牧野は腕で拭った。   「伊吹ちゃん、前を見てごらん」 「ふ、ぁ……?」    言われて、瞑っていた目を見開く。鏡と化した窓ガラスに、己のいやらしい姿が映っていた。手元のランプをつけると、さらにはっきりとその姿が浮かび上がる。   「ぁ、……や、やだ……」 「やじゃないでしょ。伊吹ちゃんのかわいい顔、ちゃんと見て」    身を捩って顔を背けようとするが、顎を掴まれて無理やり正面を向かされる。潤んだ瞳、緩んだ口元、貫かれる度嬉しそうに喘ぎ、涎を垂らしている。俺は普段、こんなだらしない顔で牧野に抱かれているのか。嫌だ、こんなの。見たくない。見られたくない。恥ずかしくて死んでしまう。   「いや、ぁっ、あ゛、やだぁ……」 「でも、後ろはうねってるよ」 「ひっ、ゃ、ちが、ちがうっ、ちがうのぉ……っ」 「ほら、ちゃんと見て。かわいくて気持ちよさそうな顔でしょ」 「か、かわいく、なっ……!」 「かわいいよ。好きだよ、伊吹ちゃん」 「う゛、ぅ゛ぅ……っ」    ああ、嬉しい。恥ずかしいのに嬉しいなんて。もっと俺を見て、俺を感じて、俺の全てを知ってほしい。   「すき、だ……」 「伊吹ちゃん……!」 「すき、すき……司ぁ……♡」 「オレも大好きだよ、伊吹ちゃん」    ガツンッ、と腰を打ち付けられた。鏡の中の俺は物欲しそうに口を開き、赤い舌を覗かせて喘ぐ。ガラス越しに牧野と目が合って思わず目を逸らすが、ちゃんと見ていなきゃダメだよと優しく囁かれると、大人しく従ってしまう。自分の体が自分のものではないみたいだ。    牧野の腕が俺の体に巻き付いている。腰を支え、胸を撫でている。胸の尖りを弄っている。一切触られていない男の象徴はそれでも健気に勃ち上がり、揺さぶりに耐えるようにふるふる震えては蜜を零す。ランプに照らされていやらしく光って、びしょびしょに濡れてしまっているのが目に見えてわかる。   「ん゛っ、ぁ゛、だめっ、だめ、おれもう……っ!」 「イッちゃう? 腰ガクガクしてる」 「いっ、いうなぁ、あ゛っ……」 「いいよ。オレもそろそろ限界だ……」    腰が密着し、深いところまで抉られる。ああまた、首の後ろに歯を立てられる。肩越しに鋭くこちらを見つめる牧野から目が離せない。ガラスに映った俺もうっとりと表情を蕩かせて牧野を見つめ、与えられる快楽に身を委ねている。戯れに勃起したそこを撫でられると堪らなかった。急激に射精感が込み上げて――   「ンん゛ぅ゛っ……っ!!」    窓ガラスに向かって、白濁を放ってしまった。イク瞬間の自分の顔というのは非常にだらしがなく、けれどとてもいやらしくて、達した体を再度火照らせる要因にしかならなかった。   「っあ、んぁ……♡」    俺の胎内にも白濁が放たれた。灼けるように熱いものが胎をたっぷり満たしていく。心も満ちる。赤ちゃんが欲しい。粘膜が媚びるように収縮を繰り返し、雄に吸い付いては子種を吸い上げる。   「つかさ、つかさぁ……♡」 「い、伊吹ちゃ……そんなにしたら、また勃っちゃうぜ」 「いい、からぁ、っ……もっかい、したい……っ」 「でも、疲れただろう? もう二回もイッてるし」 「つかれて、ないっ……はぁ、も、はやく、ほしいっ……♡」    生唾を呑む音が、微かに聞こえた気がした。次の瞬間、視界が大きくぐるりと回り、広いベッドの上へ投げ出された。薄暗い天井が見えたかと思えば、牧野が覆い被さってくる。切っ先をひたりと当てられて、望んだ刺激が与えられるのだとうずうずするも、牧野はそのまま微動だにしない。   「な、ぁ……なん、で……はやく……っ」    一秒だって惜しい。じんじん疼く胎を、その硬いもので早く埋めてほしいのに。欲しくて堪らなくて、腰を揺すって催促する。先端に吸い付いて誘おうとするが、牧野は逆に腰を引いてしまう。切なくなって、目頭が熱くなる。   「い、いじわるすんな……」 「伊吹ちゃん……今日はどうしてこんなに積極的なんだい?」 「それは……」 「答えてくれなきゃ、これは挿れてあげられないな」    ぬるぬるの亀頭で、焦らすように入口を撫でられる。今すぐにでも挿れたくてギンギンに腫らしているくせに。なんて強情なやつだ。   「ねぇ、答えてほしいな。だっていつもの君らしくないぜ。自分から口でするのも、騎乗位だって滅多にしてくれないし、一晩に二回も三回もするなっていつも怒るじゃないか。なのに、今日はどうして?」 「ぁ……そ、そんなの、どうでも……」 「よくないよ。大事なことなんだ。伊吹ちゃんにとってはどうでもいいかもしれないが、オレにとっては物凄く大事なんだ」    怒っているのだろうか。ちょうど陰が落ちていて、表情がよく見えない。   「……やっぱり……あの人に会ったからなのかな」    違う。この表情は怒っているのではない。捨てられた子犬のような、不安で不安で堪らないという表情をしている。それを押し隠そうとして怖い顔を作っているだけだ。   「ねぇ、伊吹ちゃ――」 「違うに決まってるだろっ!」    俺は大声で叫び、躊躇なく頭突きを喰らわせた。不意を衝かれた牧野は痛みと驚きに額を押さえ、目を白黒させている。   「お前は! そんなくだらないことを考えながら、今日ずっと俺を抱いていたのか!?」 「いっ、いや、でも……」 「でも何だ! 言ってみろ!」 「え、えと……ほ、本当ならあの人としたいけど、できないから代わりにオレと……みたいな……」 「そんなこと! あるわけがないだろう!!」    俺の気迫に押されたのか怯んだ様子の牧野の肩を掴み、全力で前後に揺さぶった。   「俺は! お前としたいからお前としているんだ! 五年も一緒に暮らしていて、そんなこともわからないのか!?」 「で、でもさぁ」 「お前とこんな風になってから、俺が一度でもお前を裏切ったことがあったか?!」 「な、ないです」 「ないよなぁ?! お前は俺を、誰とでも寝るアバズレだと思ってるのか? 誰にでも股を開いて、涎垂らして誘うようなやつだと本気で思ってるのか? お前以外の男にもこんなことをしていると?!」 「思ってない! 思ってないです! けど、あの人は別じゃないか」 「別じゃない! お前だけが俺の特別なんだっ!」    叫んだ余韻が消えるのを待ち、牧野は俺の両手を握った。   「本当?」    こいつの真剣な眼差しに俺は弱いらしい。つい目を逸らしたくなるが、そうしたら無駄に傷付けてしまう気がしてできなかった。ただ小さく首を縦に振る。   「オレだけが、伊吹ちゃんの特別?」 「そう言った! 何度も言わせるな……っ」    頬を両手で挟まれて、いきなり唇を奪われた。ちゅう、と唇を吸われ、薄く口を開けば荒々しい舌が這入ってくる。熱く熟れた肉片が、口腔内で暴れ回る。俺も負けじと舌を出し、牧野の口内を探った。唾液が溢れてきて顎を伝うのも構わず、濡れた舌を激しく擦り合わせた。   「んふ……っん、ふぁ……ぅん……」    耳を塞がれると、キスをしている音が鼓膜に直接響く。ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ、二人分の唾液の絡み合う音。頭がくらくらして、いやらしい気分になる。    牧野は何かスイッチが入ったように夢中になって口を吸う。俺も牧野のキスに溺れる。だんだん体が倒れていって背中がベッドについてしまっても、性感を煽るような情熱的なキスが続く。   「ん゛……あ゛っ……♡」    ふと太腿を掴まれて脚を広げられたと思えば、猛ったものが俺の敏感なところを割り開いて、ずぷずぷと沈み込んでくるではないか。待ち望んだ刺激がようやく与えられて、俺は歓喜に打ち震えた。   「ぁう゛、っあ、つかさ……ぁ♡」    嬉しい。泣いちゃうくらい嬉しい。空白がようやく埋まった。牧野に抱かれる時はいつも、ジグソーパズルの最後のピースがぴったり嵌まった時のような爽やかな快感を覚える。この、失くしたピースを取り戻して一つの生き物として完成するという感覚は、いくら言葉を尽くしても足りないほどに気持ちがいい。   「あ゛っ……はぁ゛……おくが、ぁ゛っ……♡」    繋がったまま、噛み付くようなキスをされる。舌を捩じ込まれて口内を貪られつつ、結腸の入口をとんとん叩かれる。腰が砕け、脳が蕩ける。俺は牧野の首に腕を回し、腰に両脚を絡ませて、全身で牧野に抱きついた。一分の隙もなくぴったり密着し、この上ない幸福感に包まれて、俺はあっという間に達してしまった。    腸肉がビクビク痙攣して牧野を締め付ける。そのことに当然気づいているはずなのに、律動は止まらなかった。むしろ一層強く抱きしめられ、激しく腰を使われる。奥を突かれるだけでなく前立腺も穿たれる。達したばかりの敏感な体を責められ続け、すぐにまた出さずに達してしまった。それでも腰遣いは激しくなる一方だ。   「ンん゛……ゃ゛、はぁ゛ん゛っ……む゛、り、むり゛、ひっ、とま、とま、っで……っ!」 「ごめん、無理」    男らしく低い声に鼓膜が犯される。電撃が走ったみたいに腰が痙攣する。   「ぁあ゛っ、また――っっ!!」    快楽の波に抗えずに絶頂し、間髪入れずに次の波が押し寄せてくる。イッたと思っても、すぐにまたイきそうになる。イッたはずなのに、まだイける。何回でもイッてしまう。絶えず絶頂している。何度繰り返したか知れない。いくらでもイけてしまう。体に変な癖がついてしまった。   「ぁぐ、あ゛っ……は、ん゛ぁっ……ゃ゛、やら゛、ぁ゛、んぅ゛――」 「ごめんっ……まだ、もう一回……っ」 「ひっ、ぃ゛、いってる、ぅ゛っ、……いっでぅ゛、からぁ゛っ……」 「うん、わかるよ……ナカ、ずうっとビクビクしてる。気持ちいいね」    気持ちいいどころじゃない。快感が過ぎて馬鹿になる。体がおかしい。尻がぶっ壊れる。   「ん゛ひっ……ぃ゛、いった!! もういっだ、のに、また、ぁ゛っ――」 「今日はいっぱいイクね、かわいいよ」    何だ、その物言いは。俺がイきたくてイッてるわけじゃない。お前が強制的に俺をイかせているんじゃないか。と悪態を吐きたくても、喉から漏れるのは言葉としての意味を成さない音の集合体ばかり。酷い声だ。自分の声じゃないみたい。   「ぁ゛ひ、ぁっ、あ゛ぃく、や゛ら、いぐ、いってぅ゛、いっでる゛、のにぃ、またいくっ、いぐぅう゛ぅっ……♡」 「伊吹ちゃん……伊吹ちゃん、好きだよ。ずっと好き。君こそがオレの特別だ……」    うっとりと囁かれ、俺も好きだと答えたいのに言葉が出ず、代わりに腰が反り返り、胎内がぎゅんぎゅん痙攣した。このイキ地獄の間に牧野も何度か達しているはずで、俺の胎は子種汁でぱんぱんに膨らんでいるのだが、猛り狂っている一物はいまだに全く萎える素振りがない。むしろどんどん太くなってさえいる気がする。    ちょっと慄くくらい、並外れた精力だ。いくら何でも旺盛すぎる。この絶倫クソ野郎……。俺はとっくに限界を超えているというのに。このままでは本当に死んでしまう。イキ狂って死ぬなんて、そんな間抜けな死に方は絶対嫌だ……

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