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第13話

★  ほとんど金髪に近かった髪を黒に戻したらものすごく違和感があって、鏡の中の別人みたいな自分は妙な顔でこちらを見返していた。きつめの印象のはっきりした容貌が、色褪せた金髪の下ではなんだか自堕落な印象に見えたのに、だらしなく伸び切った髪を今風のショートレイヤーにして色を変えるとすっかり幼い感じになった。 「黒の方がお似合いですよー」  数ヶ月ぶりに入った美容院、今風のスタイリストが出来上がりに満足そうに頷いている。同僚の美容師達もその変身に「超いいかも」などと囁き合っているのが聞こえてきて、なんとも居心地が悪い。  いたたまれなさと照れくささに、清はそそくさと代金を払うとあわてて店を飛び出した。  ショッピング街を歩くと他人の視線を感じる。これまでも注目を集めることには慣れっ子だったが、いつもの視線とはどうも違う気がする。振り返って見ていくのは圧倒的に若い女性が多く、それも今までのように珍獣でも見るような胡乱な目ではなく、どれもかなり好意的なものばかりだ。  足を止め、ショウウィンドウに映った自分の姿を改めて見直す。ちょっと髪形と服を変えただけで印象がこれほど違うものだろうか。これでは完全に別人だ。  手持ちの服をすべてゴミに出してしまったので、間に合わせで買った量販店のシンプルな黒Tシャツとジーンズは、基本派手好きな清としてはあり得ないコーディネートで、なんだかまだ慣れない。大好きなアクセサリー類もシルバーのチョーカー一つだけ残し、後は全部はずしてしまった。  これまでの清だったらダサくて着られないような平々凡々なファッションは、それでもこうして見るとなんとなく様になっている。  あいつ何て言うかな、とふいに思ってからあわてて打ち消した。  別に月峰のために髪を染めたわけではない。服を地味にしたわけでもない。単に今までの自分とおさらばし、けじめをつけたかっただけだ。  そう繰り返し言い訳しても、やはり本音のところ一番気になるのは、同居人の反応なのだ。  あの夜、東京湾ナイトクルーズの後アパートへ帰ると、清は冷たい海風に当たったためと、おそらく緊張やら心身の疲労やらで微熱を出して寝込んでしまった。月峰は清の方が心配になるほど気落ちして、一晩中看病してくれた。その甲斐あってか朝には平熱に戻り、休んでそばにいると言い張る相手を無理矢理仕事に送り出した。  それから5日、月峰とはろくに話をしていない。タイミング悪く大量の注文が入ったとかで、工場の方が急に忙しくなってしまったためだ。  月峰は休日返上で早朝工場に出かけ、日付が変わった頃やっと帰ってくる。職場に泊まってしまった方が楽だろうに、清のことが心配なのか必ず戻って寝顔を見ていくのだ。  夜更けに月峰が帰ってくると、清は寝たふりをする。朝早く出ていくときも、寝たふりをする。本当は『おかえり』とか『いってらっしゃい』とか言ってやるべきなのかとも思うのだが、どうも自分のキャラではない上に、今の清は月峰にどう接したらいいのかわからなくなってしまっているのだ。  以前は平気で相手の布団にもぐり込んで誘うようなことすらしていたのに、今はもうできそうもない。寝たふりをしている頭を、『行ってきます』の代わりにフワフワ撫でられるだけでドキドキしてしまうようでは、ギュッと抱き付くなんてとんでもない。  前は五代のことでいっぱいになっていた心が、今は月峰のことしか考えられないでいる。  逆に月峰の方は清のそんな微妙な心境の変化にまったく気付いていないらしく、傷付いた心が癒えるまではそっと見守りたいというスタンスを取っているようだった。  ただ、清がまた家出してしまわないかと心配しているのか、必ず昼休みになると携帯に電話をかけてくる。今日は午前中は何をしていたとか、晩ご飯は冷蔵庫に何が入っているからとか、そんなつまらない電話だったが、稼ぐ理由もなくなり一日中何もしないでボーッとテレビを観たり携帯ゲームをやったりしている清にとっては、顔を見ずに交わすその短い会話は一番の気晴らしであり、ホッとする時間だった。  そんな自堕落で張りのない生活にも大概嫌気が差し、美容院に行こうと急に思い立って外に出てみたのが今日だ。  時計を見る。11時半。そろそろ月峰から電話がくるかもしれない。  今夜は帰るまで寝ないで待っているからと言ってみようか。イメチェンしたせいか、気持ちもなんだかいい方に変わったようだ。今ならがんばって『おかえり』と言ってやれそうな気さえする。  携帯を気にしながら、アパートに向かう路地に差し掛かったところだった。行く手を阻むように黒塗りの車が停車し、清はあわてて足を止める。窓にスモークを貼った、いかにもいわくありげなベンツだ。  本能的な危機感に踵を返しかけた清の前で、後部ドアが開かれる。 「清!」  なんと降りてきたのは、清の中ではとっくに過去になりかけていた男だった。

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