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第14話

「五代、さん……?」  思わず聞き返してしまうほど、五代の風体は様変わりしていた。一流品で統一された高級感溢れる出で立ちはいつもどおりだが、彫りの深い美貌はくすみ、色を失っていた。完璧に決めていた髪も乱れ、前髪は汗ばんだ額に無造作にかかってしまっている。  あらゆる面で余裕のあるセレブな大人の男といった従来のイメージは、そわそわと落ち着かなげに周囲を窺うその様子からはまったく思い出せない。 「清……おまえ、清か?」  相手も同様に思ったらしい。まじまじと頭の先から足の先まで清を眺める。 「なんだ、見違えたなぁ。そういう素人くさいのもなかなかいいじゃないか。まぁおまえは元がいいから、どんなふうにしても可愛いぜ」  と、一目で作りものとわかるわざとらしい微笑を浮かべた。以前は彼独特のその恰好つけた微笑に胸をときめかせたものだが、今はただむかむかしてくるだけだ。 「ちょうどおまえのアパートに行くところだったんだよ。いやぁ、よかった、会えて! 俺達はやっぱり、どこか見えないところで繋がってるんだな」  どうにもむずがゆくなってきて、清は警戒しつつ一歩退いた。 「何? 俺もうふられたんだし、関係ないはずだろ」 「そんな、つれないこと言うなよ。俺はまだおまえと別れたつもりはないんだから」  五代のそのちょっと拗ねたポーズの笑いには、思い切り覚えがある。金を無心するときよく浮かべていた『おねだり笑い』だ。  さらに後ずさる清に構わず、距離を詰めてきた相手が無作法に腕に触れる。反射的に体を引いた。 「おい、どうしたんだよ。何警戒してるんだ? この間ちょっと手が出たこと、怒ってるのか? 馬鹿だな、もう殴ったりしないって」  五代は引け腰の清に近付くと、これはまだ自分の所有物だと主張するように強引に腕を掴んだ。 「この前は悪かった。あのときは俺もちょっと気が立ってた。どうかしてたんだ。おまえがまた商売始めて、俺以外の男に抱かれてると思ったらたまらなくなったんだよ。わかるだろ?」  肩を抱き寄せられると覚えのあるムスク系の香りが強くなり、胸が騒いだ。以前はこの香りに包まれるだけで夢心地になって、何でも許してしまえた。  今はあの頃とは明らかに違う。その手を振り払えないのは、覚え込まされた暴力に対する恐怖からだ。  五代は頑なに俯いている清の耳元に、唇を触れそうなほど近付ける。 「まさか本当に、あれで終わりだなんて思ってないだろうな。俺はまだおまえに未練があるんだよ。もちろん、おまえだってそうだろう?」  いや、もう完全に終わりだ、そうはっきり言ってやって、馴れ馴れしく絡んでくる手を振りほどきたい。だが五代の手はがっしりと清の細い腕を握り締め、到底離れてくれそうもない。 「なぁ、俺達これからのことについて、一度ちゃんと話し合った方がいいと思うんだ。おまえに言い分があれば俺も聞いてやる。とりあえずここじゃなんだから、場所を変えて話そうぜ。車に乗れ」  ベンツを見る。初めて見る車だ。少なくとも、派手な色のイタ車を好む五代の趣味ではない。 「あ~、最近は自分で運転するのがかったるくてな。運転手を雇ってるんだよ」  清の訝しげな視線を感じたのか、五代は目を逸らしあわてて言い訳する。怪しい。  逃げ腰な気配を察し、五代は腕をいきなり背に回してきた。大柄な五代に体を抱え込まれては、軽量の清は抵抗できない。 「やだっ! 放せよ!」 「こ、こら、大声出すなってっ。な、なぁ清、どうしたんだよ、おまえ」  常に傲慢だった男の聞いたこともない情けない声が頭上で聞こえ、思わず抵抗する気力が失せる。 「俺達あんなに愛し合ってたじゃないか。おまえが別れたいってならそれでもいいから、最後くらいちゃんとけじめつけさせてくれ。そのくらいいいだろ? な?」  いつだって清を所有物のように扱い、口答えをすればひどい暴力を振るった男が、今別人のように猫撫で声を出している。  長いつき合いでわかる。五代は今必死だ。本気で清を引き留めようとしている。清への未練からというのは口実でも、何かどうしても話したいことがあるのは本当らしい。  行きたくない。だがもうこれ以上わずらわされたくなかったし、本性を見て冷めたとはいえともに過ごした蜜月を思うと、最後に話を聞いてやるくらい仕方ないのかとも思えた。 「もうこれで、ホントのホントに、最後にしてくれよな」  しっかりと念を押し、清は五代に抱きかかえられるようにして車に乗せられる。  透、これで、ホントのホントに最後だからな、と優しい瞳の男にそっと言い訳をし、清はジーンズのポケットの上から携帯をそっと撫でた。

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