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第16話
「ふ、ふざけんなてめぇ!」
声を張り上げたのは五代だった。
「今まで俺がどれだけ可愛がってやったと思ってんだ! この恩知らず! おまえはなぁ、なんでも俺の言うとおりしてりゃあいいんだよっ! おまえは……!」
「おい、そいつの口をちょっとふさいどけ」
組長の一声で座っていた強面の男2人が立ち上がり、五代を両脇から捕まえ口に布のようなものを突っ込んだ。
喉の奥から必死で絞り出される五代の呻きに、タイミング悪く携帯の着信音がかぶさる。清のジーンズのポケットからだ。
ためらっていると、加藤が「出なよ」と顎をしゃくった。表示を見る。待っていた月峰からの定時連絡だ。
「もしもし」
周囲を気にしながらも声が聴きたくて、震える指で通話を開いた。
『あ、ねこさんすか? 俺、ヤスオっす!』
飛び込んできたのは期待した男のものではなく、その後輩ヤスオの声だった。ふいに嫌な予感が突き抜ける。
「ヤスオ? 何で?」
『大変なんです! 透さんがケガして、今木下総合病院に来てるんすけど!』
「ケガっ?」
全身の血の気が引いた。ヤクザと向かい合った瞬間の比ではない不安が、全身を震わせる。
『とにかくねこさんに来てもらわないと、もう俺達じゃ、なんか無理なんで。今すぐお願いします!』
「わ、わかった、すぐ行くからっ!」
通話を終え、おろおろと視線を移ろわせていると、
「どうした」
と、加藤が聞いてきた。清の顔色が変わったのに気付いたのだろう。
「お、俺の男が、工場でケガしたって……! 木下病院に運ばれたって!」
「そいつはいけねぇな。おい」
加藤は清達をここまで乗せてきたベンツの運転手に顎をしゃくった。
「病院まで送ってやんな」
話が済むまでは監禁され脅されることを覚悟していた清は、思いがけない一言に思わず加藤を見返してしまう。
「俺……もう行ってもいいの?」
「大事な男なんだろうが。急いで行ってやれ」
そう言って、酷薄そうな薄い唇をわずかに歪める。もしかしたら笑ったのかもしれない。
「つまんねぇクズに引っかかっても、人生なんとかやり直せるもんだな。妹にも教えといてやらねぇと」
すぐにでも部屋を飛び出していきたかったが、後ろで呻いている男のことがどうしても気にかかる。どうしようもない最低男だが、殺されるのはあまりにも哀れだ。
だってもしかしたらこんな男でも、今までの行いを心から反省して、真っ当な道を歩こうと思い直すことがあるかもしれないのだ。
清がそうだったように。
「く、組長さん、そいつ、コンクリート詰めにされて捨てられちまうの?」
オズオズと尋ねる。その一言で五代が一際必死になって、ジタバタと手足をバタつかせる。
「そいつ、俺とはもう関係ないけど、殺さないでやってくれよ。俺、そいつと、楽しかったときもあったから。だから、あの……」
「心配すんな。兄ちゃんの度胸に免じて、命だけは助けてやる。まぁちっと、船に乗ってもらうようになるがな」
「船?」
「なぁに、ワルどもを集めたマグロを捕る船で3年ばかり働いてもらうのよ。昼は額に汗して労働、夜はてめぇがオンナにされりゃあ、自分が騙してきた人間の気持ちもわかんだろう」
マグロを捕る船とは一体どういうものなのか清にはよくわからなかったが、とりあえずそれが五代にはかなりこたえるお仕置きになるだろうことは想像がついた。何しろ文化的で贅沢な環境にいないと耐えられない男なのだ。
「ほら、早く行けや。男が待ってんだろ」
「う、うん!」
扉を開ける運転手の後について、清は部屋を飛び出す。閉まるドアの隙間から高くなった五代の呻き声と、加藤の「惚れた男を大事にしろよ!」という一言が追ってきた。
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