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ep.9

──誰が顔見知りだ、友達だ。  熱に浮かされた瞳で柊一は何度もアーチボルドに口付けた。  ほんのついさっきまで、何を話すわけでもなくベンチに並んで座っていただけなのに、柊一はアーチボルドの手をずっと握ったまま、その存在を確かめるように何度もさすり、嬉しそうに眺めてから綺麗な青い瞳を見つめた。  なんとなく視線を逸らせなくなってアーチボルドが柊一の茶色い瞳を眺めていると、それはいつのまにかすぐに目の前まできていて、気がついた時にはもうキスされていた。  重ねるだけのキスを何度かして、唇を噛んで深いキスへと変わっていった──。  アーチボルドは抵抗することなくそれを受け入れた。柊一の長く器用に動く舌をわざと甘噛みしてやると、驚いた柊一が唇を離し丸い瞳でアーチボルドを見た。  怒ったのかと思ったその相手は、かつて柊一が見たことのないあまりにも無防備な表情をして笑っているものだから余計に堪らなくなってもっと激しくキスしてしまった。 「──好きだよ」    柊一の口からはもう今更なにひとつ隠すことのできない心が勝手に漏れていて、何度もキスしては囁き、アーチボルドを優しく抱きしめた。  心地よいその体温とその甘ったるい声にアーチボルドはすっかりと酔いしれ瞼を深く閉じた──。  柊一はすっかり別人のようになってしまった──というよりもこれが本来の彼の姿だったのだ──。  キャンパスの中庭で友人たちと騒ぐことよりもたった一人の愛しい人と過ごすのに夢中になり、はじめて出来た恋人との時間を何よりも優先する思春期の少年のようにアーチボルドにべったりしていた。  柊一は以前のようにαの力を振りかざしたりはしないし、時には本当にただの友人のように勉強の話をしたり、アーチボルドが読む日本文学を脅威のスピードで読み終えては「やっぱり面白さがわからない」とアーチボルドがガッカリする感想を一言だけ述べた。  今までずっとひとりで校内を歩いていたアーチボルドが柊一といることが当然のようになった今、わざわざ発表することもなく周りは嫌でも二人の関係を察したし、あの難攻不落のイギリス美人が、あんなわかりやすいαごときに落ちるものなのかと誰もが納得いかない様子だった。  アーチボルドにすっかり御執心な柊一だったが、周りが知らないだけでその実、きちんと弁えているところがあって、部活動の邪魔は一切しなかったし、家族との時間にも決して立ち入らなかった。  アーチボルドが柊一といても構わないと思う時だけ柊一はそこに寄り添うだけで、決して無理強いをしなかった。  三尺去って師の影を踏まず、そんなことわざがアーチボルドの脳裏をよぎりその滑稽さに笑った。 「これじゃあどっちがαなんだか……」  柊一が毎晩必ずおやすみメールをマメによこしてくるものだから、アーチボルドにはそれが眠る前に必ず親とキスをする子どもみたいに思えて来てしまって携帯画面相手にうっかり笑みが溢れた。  そしてそのメールにきちんと返信をして眠るのがアーチボルドの習慣になってしまっていて、いつの間にか昔の悪夢を見なくなったことにすら気付いていなかった──。  そして柊一はアーチボルドの発情期が近付きはじめると、それまでの行動が幻みたいに姿を消した。  同じ講義をいくつか取っているはずなのにろくに姿も見ない。自分のせいで欠席しているならそれは絶対に困ると心配になってメールしてみると、アーチボルドが知らないだけで講義にはちゃんと出ているらしく「……ニンジャ?」とアーチボルドは携帯相手に怪訝な顔で思わず呟いた。  今まで一度も恋人がいなかったアーチボルドは発情期が来るたび柊一に抱かれる夢をよく見るようになってしまった。  朝目覚めるたび、そんな自分自身が無性に恥ずかしくてろくに効かない安定剤に腹を立てていた。  家の中で少しぼんやりすることが多くなったアーチボルドを見て不思議に思った喜勝が「日本人の恋人でも出来たのか?」と突然鋭いことを言って来たのでアーチボルドは馬鹿正直に返事に詰まってしまい、誤魔化しがきかないくらいに顔を真っ赤に染めたため、喜勝は自分からその話を振っておきながら勝手に激しいショックを受けていた。  はじめてアーチボルドからの突然の呼び出しに柊一は不安そうな表情であのベンチに硬くなって座っていた。  絶交なんて言われたらもう辛くて絶対に耐えられないと柊一は一人眉間に深い皺を寄せ、悶々と悩み続けていた。  凄い勢いでアーチボルドが向こうからやって来るのが見え、柊一は何かやらかしてアーチボルドを怒らせたのだろうかとすぐに立ち上がり姿勢を正す。 ──なのに、  アーチボルドは柊一に駆け寄るとすぐにその身体の正面から自ら抱きつき、耳朶まで赤く染めて今にも消え入りそうな細い声で「抱いて……」と囁いた。

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