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ep.12

「痛っ!」  大きなお腹を押さえて突然アーチボルドは床にへたり込んだ。 「へっ! でででっ出るっ?! 産まれるっ?!」  柊一は一人慌てふためいて、アーチボルドのそばに座り、携帯を手にして誰にどう連絡していいのかわからずあわあわしていた。 「ねっ、どっ、どうしたらいい?」 「──黙ってろっ」  額に汗を滲ませたアーチボルドがギロリと柊一を睨みつけると柊一は両手で自分の口を抑えた。  しばらくすると痛みはおさまるものの、20分もすれば同じ痛みがアーチボルドを襲う。  慌てふためく柊一を見ているとかえってアーチボルドは冷静になれたので、烏の行水のように軽くシャワーを浴びて、医師から言われた通り、体力を温存できるように眠る努力をした。  柊一はアーチボルドが妊娠6ヶ月目を過ぎたあたりから喜勝の家に週の半分以上住まわせてもらう形を取り、臨月を迎える頃には完全に喜勝や紫乃たちと寝食を共にしていた。  何かあったら呼ぶからそれまでは一人にしてて欲しいとアーチボルドに言われ、不安そうな面持ちの柊一はしぶしぶ喜勝や紫乃のいるリビングへ向かうとなぜか綺麗な姿勢を作り正座していた。 「──お葬式が始まるわけじゃないんだからそんな顔しないの」と、紫乃に諭されながらも柊一はアーチボルドのことが心配で仕方がないようだ。 「あなたもよ」と湯呑みを持つ手がガクガクと震える喜勝を紫乃は見逃さなかった。 「──あ、痛ぁ……」  アーチボルドはタオルケットにくるまりながら時折訪れる痛みに顔を歪ませた。  眠れと言われて眠れるものでもないなと半ば諦めてはいたが、身体だけでも横にしていようと暗くした部屋でどうにか目を瞑る。  アーチボルドは震える手をお腹に当てて、小さく母国の言葉でひとり話し出した。 「あの、ね……俺、昔赤ちゃんを殺したんだ……。その時まだ俺は子どもで……体の中に新しい命があるなんてことがあまりにも怖くて怖くて……自分が死んだら全てを無かったことにできると思って……。だけど、死んだのは俺じゃなくて……お腹の子だった……。あの子は俺が殺したんだ……」 ──それでもお前は無事に俺の元に産まれてきてくれる? ──こんなひどい母親でも愛してくれる?  生まれ変わりがあるのなら、またあの子の命を産みたい──あの時自分が消してしまったあの光をもう一度この世に灯してやりたい──。 「ごめん──ごめんなさい……」  アーチボルドは一粒の涙を溢すと、気が抜けたように静かに眠りについた──。  柊一の持つ携帯がアーチボルドからの呼び出しを知らせ、柊一が猪のように荒々しく部屋へ戻って来た。 「アーチー!」  アーチボルドは額に汗をかいていて、ひどく痛むのか青白い顔をしていた。 「……破水しちゃったみたい……紫乃さんに伝えて……。柊一……車ちゃんと運転出来る? 事故ったらマジで切り刻むからね」 「わかった! 全部を了解した!」  日本人なのに日本語が不自由な回答をよこして、柊一は慌てて支度をした。  車の後部座席でアーチボルドは紫乃の膝枕でタオルケットを握り締めながら何度も襲いくる陣痛に顔を歪めていた。 「痛みは声に出して良いのよアーチー、ここにはあなたの家族しかいないんだから、なんにも我慢しなくて良いからね」  紫乃はアーチボルドの腰や背中を何度も撫でながら優しく声を掛けてやる。 「アーチーっ、だっ大丈夫っ?!」 「い、いいから……っ、お前は前だけ見てろ……っ」と、アーチボルドは今は余計なことに神経を使わせるなと激昂した。

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