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interlude1

 眠る前、水戸慶介は、怒涛の一日を振り返っていた。  隣には、既に寝息を立てる、擬似恋人がいる。  ――俳優三科 森山理空  慶介は理空のことを、ずっと知っていた。 *  約半年前、高2に上がった春。  15人ほど入ってきた新入生の中に、理空がいた。  入学オーディションが厳しいことで有名な、ETPアクターズスクール。  その関門を突破し、晴れて入学を許された彼らは、自信に満ち溢れていた。  その中でひとりぽつんと怯えている理空の姿が、なんとなく記憶に残っていた。  一方慶介は、足掛け4年でようやく一科に上がり、デビューの夢が遠くに見え始め――そして、挫折しかけていた。  嫉妬からくる猛烈なイジメに遭ったのだ。  芸の道はそういうものだと自らに言い聞かせ、意地と根性のみで通学する日々。  舞台に立てば皆平等で、講師たちの熱い指導に応え続けていたが、それでもいつも心は折れそうだった。  そんな慶介にとって、三科で奮闘する理空の姿は、唯一の心の支えであった。  話したこともないし、多分相手は自分の名前も知らないだろうが、それでもかまわなかった。  理空の演技に突き動かされ、慶介も必死にレッスンに食らいついた。  夏を過ぎるころにはイジメが止みはじめ、ようやく授業に集中できるようになってきた。  役者としての成長も感じる。  完全に馴染みきれてはおらず、クラスの居心地は悪かったが、そんなことはどうでもよかった。  なんでもやろう。  悔しいことは、全て演技にぶつければいい。  そう思った。 「ふふ……、子供みたいな寝顔だな」  慶介はつぶやき、理空の頭を撫でる。  やわらかな髪に指を差し入れると、絹糸のような焦茶色の髪の束が、さらさらと流れた。  赤みが差した丸い頬、伏せたまつげの下には、くるりとした茶色い瞳があることを知っている。  可愛い。  素直にそう思う。  BL杯のホールで理空を見つけたとき、慶介は、飛び上がりそうなほど驚いた。  まさか、このイベントに来るとは思わなかったのだ。  これは、野心家――悪く言えば、デビューのためなら手段を問わない者――が、人生を賭けて臨むイベントだ。  擬似の演技とはいえ、BLのイメージがついた状態でキャリアをスタートすることになるので、世間の偏見は強まる。  それでもいいから、なんとしてもデビューを勝ち取りたいという貪欲なタイプだけが集まる場所。  そんなところに、なんにも知らない理空が居るのは――  食われるだろう、と、直感した。  要するにポイントを稼いで1位になれればいいだけのイベントなので、言いなりにできそうな気弱なタイプを誘って、奴隷のような過激な性行為でのし上がっていく者も、毎年一定数いると聞く。  理空がそんな風に使われるところを……想像する間もなく、慶介の体は自然と、理空の元に向かっていった。  誘うのは勇気が必要だった。  知らない奴に急に声を掛けられて、断られるかもしれない。  それでも慶介は理空を守りたかったし、仲良くなれれば、ポイントを取れる自信もあった。  理空は可愛い。そのことに、自分は気づいている。  世界にそれを知らせればいいだけのことだ。  ――君と天下を取りたい。だから、俺と組んでください  周りから一斉に向けられた目は、嘲笑だったと思う。  一科で浮いている奴が、パートナー選びに困って、三科の無名に声を掛けた……と、そんな風に見られたのだろう。  それでも慶介は、なんとも感じなかった。  周りは蔑んでいたかもしれないけれど、目の前の理空だけは、精一杯、こちらを見ていたから。 「理空。絶対、守るからね」  眠る理空はもぞりと寝返りを打ち、胸のあたりに額を擦り付けてくる。  小さく吐息が漏れて、ますます子供のようだった。  慶介の目の端には、タブレット画面が映っている。 [え、ガチ恋なの?] [好きって言っちゃってるからねww] [まじか! 素っぽかった?] [受けちゃんが真っ赤な顔して言ってたよ] [でも攻めくんの方が愛が強そうw] [やば。ポイント入れとこ笑]  好き勝手に盛り上がるチャット画面が、スリープになる。  慶介は布団を頭まで引き上げ、誰にも見られないよう、そっとキスをした。 interlude End.

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