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 スコンと抜ける音が響いて、体育館の天井めがけて、シャトルが宙を舞った。  僕はその軌道を目で追い、軽くいなして打ち返す。  水戸くんのラケットを空が切り、シャトルはぽとりと床に落ちた。 「すごいね、理空、バドミントン得意なんだ」 「中学のときバド部だったから」  ラケットでシャトルをすくい上げ、開いた左手でぱっと掴む。  水戸くんは爽やかに汗を拭いながら言った。 「これだけうまくラケットがさばけるなら、2.5次元ミュージカルいけるんじゃない?」 「え!? いや、テニスとバドミントンは違うし、僕は歌が下手だし、ミュージカル科の人たちとは違うしっ」 「理空が出るなら、絶対観に行くけどな」  一瞬だけもやんと想像して、自分で噴き出してしまった。  ちょっとカラフルなウィッグをつけて、ガッチガチに緊張しながらラケットを振る自分は、どう考えてもテニスの騎士ではなかった。 「はい、水分補給」 「ありがと」  手渡されたスポドリを半分まで飲み、かたわらのベンチに腰掛ける。  昼下がりに本気でバドミントンをしているのは、当然、僕たちだけだった。  というか、他の人たちは多分、学生視聴者の下校時刻に合わせて自室に戻っているはずだ。  僕たちもそうした方がよかったのかもしれないけど、水戸くんが『運動しよう』とさわやかに言ったので、素直にそうした。  健康的な人なんだなと思う。  役者は体力勝負だし、こうやって体づくりをするのが大事なのかもしれない。 「次、カフェに行ってみない? 無料で食べ放題らしいよ」 「へー、すごいね。メロンソーダあるかな」  飲食代も、ゲーセンなども、すべて無料。  擬似デートなので、遊び放題だ。  カフェに移動すると、おしゃれな店内には、5組ほどのカップルがいた。  明らかに演技がかっている人もいれば、普通に友達同士みたいな人たちもいる。  僕たちの後ろの席の人たちは、びっくりするほどあざとかった。 「はい、あーん」 「おいしー。たっくんすきー」  水戸くんは肩をすくめ、苦笑いしている。 「この会話って、視聴者さんたちには聞こえてるんだよね?」 「うん。共用部分は施設ごとに映るから、複数カップルを観察できる仕組みってことみたい」  耳をそばだてて、学ぼうとする……と、水戸くんは俺の手を握り、難しい顔をして首を振った。 「理空、いま、他の奴のこと考えてたでしょ」 「えっ? え、まあ……うん。僕、付き合ったことないから、正解が分かんないし、参考にしよっかなって思って」 「だめー」  水戸くんは僕の手を取り、手首に口づけながら言った。 「俺とのデートなんだから、俺のことだけ考えてください」 「ちょ、ちょっとこれ、はずかし……」  ふと、レジの上のディスプレイを見ると、参加者の名前がずらりと並んでいた。 「あ、水戸くん。あれ、ランキングかな?」 「そうだね。初日のポイントが出てるはず」  カップルは50組。  無意識に下から数えて、全然見つからない。 「あれ、なんで無いん……」 「18位」 「ん?」 「俺たち、18位らしいよ」 「へ、ぇ?」  すっとぼけた声が漏れてしまった。  こんな無名の僕が? いや、水戸くんの力か。 「すごいね水戸くん」 「なんで他人事みたいに言うの」 「え? きっと、水戸くんのファンの人が入れてくれたんだよ。優しいね」 「……はあ。君は」  何か言いかけたところで、パフェが運ばれてきた。  美しい顔の人の目の前に、巨大チョコバナナ。  さっき昼ごはんのときも思ったけれど、水戸くんは、痩せの大食いタイプだ。  僕がメロンソーダのアイスを崩していると、水戸くんが「あーん」と言った。  何かと思って顔を上げる……と、長いスプーンの先に、大きすぎるひと口がどでんと乗っている。 「はい、あーん」 「んぐ」  これ、さっきの正解を見習うなら、『おいしい、水戸くん好き』って言わないといけないんだろうか。  ……と思いつつ、口がぱんぱんで、何も言えない。 「かわい」  微笑むその手には、紙ナプキンが準備されている。  いますぐにでも口の周りを拭きたいというオーラが出まくっていて――照れてしまって、むせた。

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