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Day4 - はずかしいこ
4日目の朝、新たな共有スペースとして、レストランが解放された。
いままではずっとルームサービスだったので、こんな風に朝から鮭ご飯を食べることはできなかった。
「理空、ほっぺたにごはんつぶついてるよ」
「え? どこ?」
「右。違う、逆」
「あ……とれた。えへへ」
しおりによると、レストラン内では他のカップルと話してもよいそうで、同じ科の友達グループで食事をしている人たちもいた。
「あの、水戸くんは、友達と話したりしなくていいの?」
「ん? 必要ないかな。理空とふたりでしゃべってたい」
「そ、そっか……」
舞い上がってしまう。
さらっとこんなことを言われて。
別に自慢したいとかでは全くないけれど、やっぱり自分は、俳優一科のかっこいい人に選ばれたんだなってことが、周りを見ているとよく分かる。
いままではざっくりと『みんなイケメン』だと思っていたけど、いまは、そうは思わない。
圧倒的に水戸くんがかっこいい。
周りも多分そう思って、こちらをチラチラ見……
「おい、水戸ぉ~」
「はい?」
「お前どんな手使ったんだよ」
半笑いで茶化すようにやってきたのは、俳優二科のふたりだった。
僕の顔をじろじろ見て、またおかしそうに笑う。
「9位って顔じゃねーんだよなあ。何? エロ? SMやってるとか?」
「……食事中なんだけど」
水戸くんは眉をひそめて、取り合わない。
僕は、怖くて恥ずかしくて、うつむいてしまう。
「あ、分かった。こいつがこんな弱っちそうな顔して、実はドSとか?」
「あははは、きも」
手を叩いて笑ってくるふたりに、水戸くんは、氷のような表情を向ける。
「……この会話も配信されてるって理解してる?」
「当たり前だろ。ネタだよ、ネタ。うちの客、噂好きだからさ~。ハードSMだったって伝えとくわ」
「超うける」
「ちっ、ちがいます……っ」
思わずガタッと、立ち上がってしまった。
顔が熱い。泣きそう。でも、口は止まらない。
「水戸くんはそういうのじゃないです。優しいです。いじめたりしません」
「はぁ? なに本気になってんの、うける」
「お前みたいな陰キャ、すぐに飽きられて50位まで落ちるぜ」
じゃーなー、と、間伸びした声であいさつらしきものをして、ふたりは去っていった。
僕はこらえきれず、ぼろぼろと涙をこぼしてしまう。
「理空、座って」
「ごめん、ぼく、余計なことした……」
悪目立ちするようなことをして、水戸くんに迷惑をかけてしまった。
水戸くんは適当にあしらおうとしていたのに、僕が反論したから。
「泣かないで」
「ぇぅ、ごめん……」
「ほら、こっちおいで」
子供みたいなあやし方をさせてしまって、ますます申し訳ない。
言われるままに、水戸くん側のソファに座ると、そのままふんわり抱きしめられた。
「大丈夫。ああいうのは、言わせておけばいいんだよ。でも、理空がきっぱり否定してくれて、うれしかった。ありがとう、守ってくれて」
「違うよ、全然、守るとか……」
ぐずぐずと泣いていると、通路を歩いてきた人に声をかけられた。
「うわ、ちょっと、大丈夫? って、慶介か。どうした?」
「いや、変なのに絡まれただけ」
「マジか。……やっかみかな」
ディスプレイの順位を見ながらつぶやいたのは、声楽一科の有名人だ。
確か名前は……
「おいおいおい、ハルト何しとんねん。他の子泣かしたらあかんやろ」
「はあ? 俺が泣かせたわけな……」
「ごめんなー? うちのハルトのせいやったらオレが代わりに怒っといたるから」
「人の話を聞け」
僕がぽかんとして見ていると、水戸くんがぷっと噴き出した。
「あはは。ユーキ、違う。ほんとにハルトは声掛けてきてくれただけ」
「あ、そうなん? ははは、ごめんなーてっきりやらかしたかと…………、いや、ハルト、わる、悪かっ……」
声をかけてきてくれたのは、クラシック音楽の声楽一科生・落合 晴人 さんで、怒られている関西弁の人は、同じ科の志藤 祐樹 さん。
どちらも優秀で、デビュー前から注目されていると、噂で聞いたことがある。
「信じらんないな。仮にも交際相手に疑ってかかる奴とかいる?」
「いやー……、なんや大人しそーな子が泣いとるわと思ったらお前がおって、いつものレッスンの調子で叱りつけたんかと」
「ばか。飯食ってる人にいきなり怒る奴いるわけないだろ」
きょとんとする僕の頭を撫でながら、水戸くんはくすくす笑う。
「このふたりは同期で、科は違うんだけど仲がいいんだ」
ディスプレイを見ると、ふたりは4位。
まあ、ハルトさんは色素が薄くて貴公子感があるし、ユーキさんは短髪で精悍 な顔立ちで、人気があるだろうなというのは簡単に想像がつく。
「……あのふたりより人気にならないと、水戸くんはデビューできないんだもんね?」
「まあ、弱気になりたくなる気持ちはわかるけど。ふたりとも魅力的だし。でも俺たちは俺たちで、やれることはいっぱいあると思うよ」
ギリギリとチョークスリーパーを決めながら、ハルトさんがにっこり微笑む。
「それじゃあ、お騒がせしました。慶介、あんまり気に病むなよ」
「あはは、ありがとう。ユーキのこと、そろそろ放してあげて」
「…………っだぁ。死ぬかと思ったわ。まあ、なんや、ボクちゃん。困ったことがあったらいつでも言うてな? げほ」
「どうも、ありがとうございます」
嵐のようなふたりが去っていく。
遠巻きに見ていた人たちも食事を再開して、なんとか場がおさまった。
「……はあ、どうしようかと思っちゃった。ほんとにごめんね、僕のせいで事が大きくなっちゃって」
「レストランに来るのは、精神衛生上あんまりよくないかもね。いままでどおり、ルームサービスにしようか」
「うん、そうする」
ちょっと、調子に乗ってしまっていたのかもしれない。
かっこいい人に甘やかされて、自分では絶対になれないような順位につけて、いっぱいコメントももらえたから、人気になったような気持ちになっていたのではないか。
でも、それは違う。
僕は、水戸くんのデビューのために、力を尽くさなくちゃいけないんだ。
「水戸くん。僕もっと、ちゃんとするから」
「理空? あの、ちゃんとなんかしなくていいから、……そろそろ気づいて欲しい」
「え? なに?」
「可愛い子に煽られっぱなしで、俺もう、キス我慢するの限界なんだよ。していい?」
一斉に周りの視線が集まる。
ぼんっと、顔から火を噴くかと思った。
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