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interlude4

 水戸慶介は、考えていた。  厄介なものに絡まれたな……と。  今朝は、新たに解放された共用レストランで朝食をとっていた。  他人の足を引っ張ろうとする輩は一定数いると考えていたので、俳優二科の連中が何か言ってきたのは、想定の範囲内だった。  問題は、そのあとである。  声楽一科、落合晴人。  あれは、善人の皮を被った狼だ、と思う。  慶介と晴人は同期で、中1から切磋琢磨してきた間柄だ……という風に、周りからは見えているだろう。  実際、科は違うが、合同作業などではお互い助けたり助けられたりしているし、慶介の苦境にも気づいて、マメに連絡を寄越してきた。  将来への展望の描き方や、そのためのひたむきな努力、伴う実力も、申し分ない。  だが、そのさわやかな瞳の奥に、薄ら寒さを感じる。  立ち回りが上手すぎて、何の本音も見えない。  周りの人も、講師陣すら、気づいていないだろう。  晴人の腹の底が、真っ黒だということに。 「はぁ……」  慶介はため息をつき、ベッドから抜け出した。  ミニ冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを口に含みながら、考える。  相方に志藤祐樹を選んだのも、計算高い。  祐樹はおそらく、晴人の内面には何も疑問を持っておらず、絶対的に信頼し、実際、うまくやれているだろう。  人懐っこい関西弁と人情に厚い性格に加え、デビューのためのガッツは人一倍で、根性もある。  裏表のない明るい祐樹を悪く言う人間を、見たことがない。  ラブシーンを重視せず選んだ作戦は慶介と同じ方向性だが、晴人の方が、一枚上手だろう。  晴人が本気を出せば、最初から最後まで1位で駆け抜けられるだろうに……いま4位に甘んじているのは、何かの作戦としか思えない。  そして、泣く理空に声をかけてきたこと。  他人の擬似恋人まで使おうとしてくる態度は、ちょっといただけない。  極力、関わらないようにしよう。  理空はおそらく、晴人と祐樹は信頼できると思っている。  晴人に近づかなければよいのなら簡単だったが、祐樹が本当に頼りになるから、事態は複雑だ。  ペットボトルを冷蔵庫に戻し、いそいそとベッドに戻る。  やっと好きな人と体を重ねたというのに、こんなしょうもない考えごとに気力を使ってしまって、最悪だ。 「ん。……? あれ、みとくん、おきてたの?」 「水飲んでた。ごめん、起こしちゃった?」 「むにゃ、」  寝ぼけて目を擦る姿が、子供みたいで可愛い。 「あのね、みとくん。さっき……」 「ん?」 「……なんだっけ、えと」  理空はうとうとしながら、何か言おうとしている。  じっと待っていると、ふにゃっとした笑顔でこう言った。 「えっちしたの、わすれないでね。ほんとはすきじゃなくてもいいから」  再びすぅっと、寝息を立てる。  慶介は、泣きそうになりながら答えた。 「本当に好きだし、……本当に、好きだよ」  多分聞こえてもいないし覚えてもいないだろうが――慶介は布団の中にもぐり、眠る理空の体中を、ひと晩かけてくまなく愛でた。  寝ぼけながら受け止める理空は、慶介にとって、この世界で最も可憐な存在だった。 interlude4 End.

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