18 / 32
5-2
若干の腰のだるさを感じながら、ゲーム配信をしていた。
しおりを何度も読んだけれど、やっぱり視聴者と一緒にオンラインゲームをやるのはダメらしくて、僕がソロでやるのを見てもらうしかない。
一緒にできたら、ポイントに貢献できたのかな……なんて少し思ったのだけど。
水戸くんは隣で戯曲理論のテキストを読んでいて、これに関しても『BL杯で勉強してる人は見たことがない』というコメントで、視聴者が盛り上がっている。
こういう努力をしている人を間近で見ると、習い事感覚でスクールに通っていた自分が、少し恥ずかしい。
[うしろうしろうしろ!!!!]
[逃げてーーーー]
「うわ!? やばっ」
ガチャガチャとスティックを回し、ボタンを連打する。
避けきれず思い切り被弾したところで、手元のタイマーが鳴った。
「あ、時間切れです。きょうのゲーム配信は終わります」
[あと3日で討伐できるのかw]
[りくちゃんがんばってー!]
ぺこぺこ頭を下げながら考える。
そうだ。この関係は、きょうを入れてもあと3日しかない。
当たり前だけど、終わりが来るんだ。
伏し目がちな水戸くんの、長いまつ毛を盗み見る。
彼はどう思っているのだろう。
好きとか言ってくれるし、そういう行為もしている。
でも、セックスは気持ちの証明にはならないかもしれない。
本当に好きじゃなくても、勃てばできるよね……とか。
「ん? なあに?」
「な、なんでもない。難しそうなテキスト読んでるなーって思っただけ」
「あはは。難しいよ。全然分かんない」
決して、彼が嘘を言っていると思うわけではない。
でも、それよりも、『水戸くんには目的があってここにいる』ということを、忘れないようにしないといけないと思うのだ。
水戸くんは本をサイドテーブルに置くと、僕の手首をそっと捕まえた。
そのまま軽くキス。それで、ちょっと吸ったり、音を立てたり、大人のやつ。
「水戸くんは、BL杯終わるの、寂しい? 僕は寂しい」
こんな聞き方、ずるいと思う。
寂しいよって、話を合わせるしかないような、誘導尋問だ。
でも水戸くんは、くすっと笑って、僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「寂しくないよ。だって、ふたりでデビューするんでしょ?」
「あ……っ、そっか。勝ったら、僕もデビューになるんだ」
「そうだよ。俺たちは天下を取れるって、最初に言った」
覗き込む瞳には、星くずが散っている。
彼はきっと、羽ばたくだろう。
でも、僕は?
水戸くんのおかげでデビュー権がもらえたとして、僕はそれで、俳優になるのだろうか?
そんな覚悟、したこともないのに。
「僕は、自分がどうしたいのかとか、よく分かんない。水戸くんみたいにやりたいことがはっきりしてるわけじゃないし、もしデビューしても、逃げ出して辞める未来しか見えない。だって、ぼくは、ぼくは……」
水戸くんの服の裾を引っ張り、体を丸めるように頭を下げる。
「僕はいま、水戸くんと離れたくないしか考えられない。全然、だめなんだ」
ごめんね水戸くん。
いくら君が頑張っても、肝心の相棒がこれじゃ、最後の最後で負けちゃうかもしれない。
どれだけゲームで視聴者が増えても、真剣に夢を追ってる人たちには勝てない。
ハルトさんやユーキさんを見て、そう思ったんだ。
「理空、顔上げて?」
そろっと顔を上げると、水戸くんは眉尻を下げて微笑んでいて……
「んぐ!?」
思い切り胸ぐらを掴まれて、強引に引き寄せられる。
そのまま乱暴にキスされて、僕はばたばたと暴れた。
「くる、苦しっ、」
「いまのは理空が悪い」
「ごめん、ごめんなさいっ」
「俺も理空と離れたくないだけ考えてればよかった。ずるい。ごちゃごちゃ考えてた俺がばかみたいじゃんか」
「ごめ……っ、え?」
水戸くんの態度は相変わらず胸ぐらを掴んだままだけど、その表情は、ちょっぴり泣きそうな、それでいてうれしそうな、なんとも微妙な笑顔だった。
「俺は貪欲だから、夢も掴みたいし、理空とも一緒に居たい。デビュー後にどういう道に進むのかは理空の自由だし、辞めるならそれでいいと思うけど……」
水戸くんは僕の両手を取り、しっかり目を合わせて言った。
「まずは、一緒に居るために、一緒に戦ってほしい」
「……分かった。そうだよね。なんか、大事なこと見失いそうになってた」
水戸くんが、手を離す。
僕は、ふんわりと抱きつく。
「そんな風に考えてくれて、俺はめちゃくちゃうれしいの。それは忘れないで」
ともだちにシェアしよう!