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 痛いほどの沈黙が流れた。  ハルトさんは何も言わずにこちらを見ているし、水戸くんはずっと考えている。  もちろん、僕に口を挟む余地はない。  もういいと叫んでしまいたかったけれど、そんな勇気はかけらも持ち合わせていなかった。  水戸くんは顔を上げると、大きくため息をつき、降参するように言った。 「俺はお前みたいな、正論で他人の頬を叩く奴が嫌いだよ。という前置きはさせてもらいつつ、今回はハルトの言うことが正しいと思うから、折れることにする」 「えっ!? それって」 「理空、諦めよう」  その笑顔は痛々しくて、直視することができなかった。  テーブルの下で手を握り、意味もなく首を横に振る。でも、意味はなくて。 「俺は、実力をつけて自力でデビューする。BL杯に挑んだ目的……表現の幅を広げるとか引き出しを増やすとか、そういうのは達成できたし、理空に会えただけで十分。勝ちにこだわる理由がない」 「でも……っ」  立ち上がりかけたとき、店の奥から声が聞こえた。 「ただいまー。おー、水戸くんとボクちゃんやないか! ……って、なんやこの空気。お通夜でもしとんのか」  トイレから戻って来たらしいユーキさんが、どっかりとハルトさんの横に座る。  僕はもう帰ってしまいたかったけれど、水戸くんは動かなかった。  ハルトさんも意外だったのか、しげしげと僕たちを見比べている。 「なんやろ、またハルトがやらかした? なら俺が怒っとくから。ごめんな?」 「……いや、別に。ユーキが怒るほどのことじゃない」  ふと視線を感じて店内を見回すと、残っていた人たちが、遠巻きにこちらを見ていた。  5組、6組、いや、もっとか。  ……よく見ると、俳優一科の人ばかりのようだ。 「慶介に、BL杯を諦めろって話をしたんだ」 「あー、なんやそんなこと言うてたな。要らんお世話やろ、他人の口出すことちゃうわ」 「いや、俺は、森山くんの未来を真剣に」  すると突然、ユーキさんが大声で笑い出した。  僕も水戸くんも、店内の人たちもみんな、ギョッとした顔でユーキさんを見る。  ユーキさんは、ヘラヘラしながらハルトさんを指差した。 「いやー、こいつ、俺のことめっちゃ好きやん? ヤキモチ焼いとんねん」 「は!? 何言っ」 「ハルトがどんだけあま~いセリフ言うても俺が適当に返事するから、ボクちゃんに甘えてもらえる水戸くんがうらやましいねん。せやろ?」  にやにやするユーキさんに、ハルトさんは、心底嫌そうな顔で舌打ちする。 「んなわけないだろ。そもそもユーキがBL杯の趣旨を全く理解せずに自由人しすぎで」 「なんなんもう。別にBL杯やなくてもハルトと俺はボーイズのラブやわ。デビューもできて一石二鳥のイベント。他に何があんねん」 「…………って、めぇ」  僕も水戸くんも、多分、ものすごく分かりやすくぽかんとしていたと思う。  やいのやいのやり合うふたりを眺めているうちに、だんだんおかしくなってきた。  僕は耐えきれず、口を押さえて下を向く。  水戸くんは冷静に尋ねた。 「あの、痴話喧嘩はよそでやってもらっていい?」 「痴話喧嘩じゃない」 「痴話喧嘩や」  ハルトさんは、両手を小さく挙げ、はーっとため息を吐いた。 「悪かった。別に蹴落としたかったわけじゃない。諦めた方がいいと思ったのも本当。でも、わざわざ外野が口出すことじゃなかったな」 「まあ、忠告はありがたく受け取っておくし、この件について何か聞かれても、ハルトを悪く言うつもりはないよ」  水戸くんは僕の頭を撫で、しっかり目を合わせて言った。 「BL杯に最後まで挑むのは、理空に、危ない橋を渡らせることになるのかもしれない。ごめんね。でも、デビュー後に理空を放り出すような無責任なことは、絶対にしないから。そこは安心してほしい」 「分かった。僕も、水戸くんのことを信じる」  好きだな、という思いが、すーっと胸を占めた。  僕のために折れようとしてくれたのも、2度もけしかけてきたハルトさんのことをあっさり許す度量も、水戸くんらしい。  やっぱり大好きだ。  テーブルの下でそっと手を繋ぐと、水戸くんも指を絡めてくれた。  温もりを感じて、ドキドキする。  7日も一緒にいるのに、こんなちっちゃなことで、心臓がうるさくなるなんて。  ユーキさんは腕組みをし、どんと背もたれに寄りかかって笑った。 「どのカップルがデビューにふさわしいのかを決めんのんはお客さんやし、デビュー後にどうするかはボクちゃんが決めたらええやん。誹謗中傷は弁護士に相談や。な、ハルト?」 「まあ」  すねるハルトさんは、鷹ではなく、親鳥にくっついて歩く雛みたいな顔をしていた。  ぴよぴよと、素直になれないのに、ついくっついて行ってしまうような。 「えらい時間取らせて悪かったなー。ほな行くで、ハルト。お前らも嫉妬で見苦しいねん! 水戸くんに勝ちたいんやったらまずは顔面整形してきーや」  店内の人たちが、びくっとする。  僕はこれ以上照れてしまわないよう、両手で頬を挟んだ。

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