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 会場中の人が一斉にペンのキャップを取り、シャカシャカと書き込んでいく。  僕は悩んで何度も手が止まってしまったけれど、水戸くんは一定速度でずーっと書き続けていたから……なんか、うれしかった。 『タイムアーップ! ペンを置いてください!』  周りを見ると、みんな自信満々だ。  水戸くんも、手応えがありそうな表情で「よし」と言いながら、キャップを閉めている。 『ではまずは50位から40位の皆さん、フリップを上げてください!』  皆が一斉に、フリップを掲げる。  僕はそれを見て、仰天してしまった。  全員、20個以上は書いてあるのだ。  性格、ルックス、仕草、思想、生活態度、趣味、嗜好、振る舞い……。  フリップにびっしり書いていて、読み上げるのも大変そう。  かたや自分はというと、8個目の途中で終わってしまっている。  本当は100個くらいあるはずなのに、全然うまく書けなかった。  どうしよう、これでは負けてしまうかもしれない……。  視聴者のジャッジが入り、続々とポイントのメーターが上がっていく。  個数が勝敗ではないとは分かっているものの、やっぱり焦る。  しかも、他の人と比べると、普通のことを書きすぎた気もする。  こんな誰でも書けることで、ポイントがもらえるだろうか。 『それでは最後に、10位から1位の皆さん、フリップを上げてください!』  僕はもう、この世の終わりくらい死にそうに恥ずかしくなりながら、書いたものを上げた。 -------------------- 1優しいところが好き。2かっこいいところが好き。3努力家なところが好き。4声が好き。5目がキラキラしてて好き。6あったかいところが好き。7声が好き。8頭が良 -------------------- [りくちゃんwwwwww] [全部に好きって書いてある!!!笑] [いやw この発想はなかったw] [すごいめっちゃ好きじゃんww] [全私が萌え散らかしてる] [声が好きって2回書いちゃってるwwwwww] [↑気づかんかった笑 可愛い笑]  涙目になりながら隣を見ると、水戸くんは机に突っ伏して、ぷるぷる震えている。  笑ってる? 泣いてる? 怒ってる……? 『それでは、ポイントを入れてください!』  アナウンスされた瞬間、僕のメーターがガンガン上がり始めた。  滝のように流れるコメントは、森山理空の珍回答に対するツッコミで埋め尽くされている。  さりげなく水戸くんの回答を盗み見る。  30個以上書いてあって、1分で書くこと自体がすごいくらい。  どれを見ても、ふたりで過ごしてきた思い出が蘇ってきて、感慨深くもあり、少し寂しくなった。 『それでは、発表します。優勝は――俳優三科、森山理空くんです!』 「へ!?」  スポットライトが当たり、拍手に包まれる。  僕は促されるままに立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げた。 [りくちゃん信じてたーーーー泣] [初めて知ったけど可愛い] [この世の(けが)れが浄化されるから配信見て] [純白の天使よww]  ガッチガチのひと言コメントを終え、会がお開きになる。  水戸くんは自分のフリップに何か書き足し、賞状のように僕の方にひっくり返して、手渡してきた。  足された文末には、こうある。  ――理空の全部が魅力的で、書ききれませんでした。大好きです 「俺の気持ち。受け取ってくれる?」 「うん。ありがとう。大事にする」  僕も、笑いをかっさらってしまったフリップを渡す。  水戸くんはそれを愛おしそうに眺め、目を細めて表面を撫でた。 「よー水戸! お前4位だって? すごいな!」  水戸くんの友達らしき人が寄ってきた。 「きょうのポイントで逆転したかもな!」 「どうだろう。3位より上とはかなり差が開いてるし」 「いやー、オレたちはもう全然無理っぽいし、期待してるわ」  3人が話しているのを輪から外れて見ていると、後ろから、ちょんちょんと肩を突かれた。  振り返ると、ハルトさん。  にこにことした笑顔で、少し屈んで僕の目線に合わせてくる。 「イベント優勝おめでとう」 「ありがとうございます。でも、まぐれだと思うので……」 「そう。あんなのは、まぐれだ」  僕は目を見開き、ハルトさんを見る。  彼は同じように笑っているのだけど、声は低く、口調は冷たかった。 「たまたまおもしろ回答でポイントが取れて、それが何になる? 擬似カップルという名目だけど、この会の趣旨は、自分の役割をまっとうすることだ。そのための養成所だろ」  返す言葉が思いつかず、制服のズボンを握りしめる。  ハルトさんはさらに低い声で、耳元に口を近づけ、ゆっくりと言い聞かせるように言った。 「君じゃ、優勝は絶対に無理。慶介を傷つけて終わる。なんとか自力で未来を模索しているあいつを、邪魔しないでくれ」 「え……」 「慶介の真剣な努力は全部、君のおふざけのせいで台無しだ。足を引っ張るな。三科の君と、一科の慶介は違う」  ハルトさんが身を起こすと、向こうからやってきたユーキさんが片手を上げた。 「ほなな、ボクちゃん! 無理せずキバリや」 「は、はぃ……。ありがとう、ございます」  そこからどうやって帰ったのかは、あまり覚えていない。  ただ、水戸くんの腕の中におさまった僕のフリップが、恥ずかしくてたまらなかったことだけは、記憶に残っている。  水戸くんと僕は、違う。  そんな当たり前のことに、どうして気づけなかったのだろう。

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