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第10話
「なにがボディーガードだよ」
講義が終わり、惇生は左手首の腕時計を撫で、真摯に眺めた。
「なに、ニヤついてんだよ、惇生。思い出し笑いってか?珍しい」
悠介の声に我に返り、惇生は綻んでいた頬を手のひらで押さえつけた。
「すっげ、アルマーニ!?」
「え?」
「時計だよ、時計。何処の社交令嬢に見初められたんだ?お前」
悠介は惇生の左手首を彩るアルマーニの腕時計を惇生の手首を捻ってみたり、まじまじと見つめた。
ブランドに疎く、悠介に言われるまで、惇生は気づかなかっただろう。
「....高級なの?これ」
「多分、数万じゃね?」
悠介は未だに腕時計に見蕩れているが、惇生は趣に立ち上がった。
「返さないと!」
大悟を探し、構内を走った。
ようやく、息を切らし、通路の片隅に大悟を見つけた。どうやら通話中のようで、壁に体を隠し、通話が終わるのを待った。
「ちゃんと行くから怒んなって。てか泣いてる?わかったわかった、楽しみにしてるから。違うって」
喧嘩の最中なのか、大悟はしどろもどろで苦笑している。
「お前のビーフシチュー美味いもん、食いたくないわけないだろ?泊まれなくて悪かったよ、色々あったからさ」
熱を持った体。ひとときでも喜んだ自分が腹立たしい。
彼氏との会話としか思えなかった。
「ああ。ちゃんと行くから。うん、うん。じゃ、後でな」
大悟が電話を切るなり、目の前に惇生が立ち塞がっていた。
そして、外していた腕時計を地面に投げつけた。
「ありがとう、腕時計。助かったよ」
大悟がよく見慣れた、無表情ながら冷たい笑顔の惇生がいた。
「ああ。明後日、ボディーガード、いいから。あんたより、ずっと腕のいいボディーガード見つけたからさ」
惇生の瞳を見つめたまま、大悟は立ち尽くしたままだった。
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