2 / 5
第2話
「テメェかよ」
スワローが嫌そうに舌打ちする。
玄関から踏み込んだのはド派手なミンクのコートを纏った黒人ニューハーフ。
兄を蹴倒すスワローと対峙するや、札入れから出した紙幣を投げ付ける。
「ま~た性懲りなくおカネせびりにきたの、ほんとどーしようもない子ね!いいこと、リトル・ピジョンは忙しいの。今となっちゃ彼一人の体じゃないの、何千何万ってファンがブラウン管の向こうで生唾ごっくん弾込めして艶姿を待ってるのよ、うちの主力商品においたしたら許さないんだから」
「へーへー商売繁盛結構なこった」
耳をほじくり聞き流すスワロー。スタジャンのポケットに紙幣を突っ込み、蔑みきって兄を見下ろす。
「脱ぐだけで稼げんだから楽な仕事だよな」
「~~~~ッ!!」
一体誰の為に頑張ってると思ってるんだ。
咄嗟に言い返そうとしたピジョンを遮り、肩を怒らせたマダム・リーが出張る。
「訂正なさい」
「はァ?」
スワローが喧嘩腰で返す。
次の瞬間マダム・リーが腕を振り抜き、生意気な少年に平手打ちをお見舞い。
「なっ……」
ピジョンは絶句。
思いがけない展開にスワローも反応が遅れた。
マダム・リーは高飛車に顎を反らし、腕を組んでお説教を始める。
「脱ぐだけで稼げるのはストリッパー。ああ、『だけ』じゃないわね。彼女たちはヌードを綺麗に見せる努力を怠らないしポールダンスの技術だって体得しなきゃいけないもの。対してポルノスターはセックスが労働なの、おわかり?毎日どんだけカロリー消費してると思ってんの、体重制限だってスポーツマンと同じ位過酷よ」
「ハッ、ヤりまくって稼げんなら淫乱アニキにゃ天職かもな」
「悔しかったら自力で稼いでみなさいな、うちは歓迎よ。お行儀はともかく上玉だもの、アナタ」
マダム・リーが優雅に笑い、至近距離でスワローを値踏み。
頬に手を添えてなでまわし、唇に指をひっかけ、歯と歯茎の色艶を確かめる。
「べたべたすんな、きしょ」
「セットで売り出したら売れるのに。スワローとピジョン、略してスワッピングブラザーズ」
「| snap《食いちぎる》なら得意だけどな」
「ハードなプレイね」
「カメラの向こうのムッツリどもに媚び売るなんて冗談じゃねー」
「残念。無理強いはしない主義だから一旦引き下がるけど、考えが変わるのを待ってるわ」
マダム・リーがウィンクし、名刺をスワローに渡す。
マネージャーのふらちな誘惑にピジョンが血相変える。
「ちょっと、弟を勧誘するのはやめてください!コイツには|道を踏み外《ブレイキングバッド》してほしくないんです!」
「随分な言いぐさねリトル・ピジョン、アナタの人生が不品行の極みだとでも?」
リトル・ピジョンはマダム・リーが付けたピジョンの芸名だ。
「お、俺は俺なりに真面目にやってます。仕事だって全力で打ち込んでるし」
「じゃあいいじゃない胸を張りなさい」
「コイツには新聞配達とか牛乳配達とかやって生まれ変わってほしいんです」
「アナタが弟さんに望むカタギの人生ってなんなの?」
「会計士とか税理士とか安定した収入のある固い仕事に就いて、27か8でいい人と所帯を持って子どもは2人。芝を植えた庭付き一戸建てで犬を飼い、休日には近所の人を招いてバーベキュー。俺もたまに呼んでもらえたら言うことない、ブーメラン投げてゴールデンレトリバーと遊ぶんだ」
「犬種まで決めんな」
「ゴールデンレトリバーは可愛いだろ」
「炭でも食ってろ」
「たまねぎの焦げたとこで手を打て」
ピジョンが垂れ流す妄想へのコメントは差し控え、窓辺に手を付くマダム・リー。
「素敵な眺めよね。あの看板街の語り草よ」
「晒しものの間違いじゃないですか」
「ピジョンミルク一番搾りのほうがよかった?」
「そーゆー問題でもないです」
「スポンサーがアナタのファンで熱烈にオファーされたのよ、事務所としても断れないでしょ」
マダム・リーはピジョンの恩人だ。
母に死なれ幼い弟を抱え路頭に迷っていたところ、偶然通りかかった彼女にスカウトされ、この業界で活路を見出したのだ。
何の取り柄もない自分に生計を立てる手段を与えてくれたのは感謝してるが、弟をポルノ業界に引きずりこもうとするのは断じて認めないしやめてほしい。
「じゃあな」
「待てよ、話は終わってないぞ」
スワローがポケットに手を突っ込み去っていく。
追い縋るピジョンの鼻先で扉が閉じ、マダム・リーにがっちり腕を組まれる。
「さ、今日は朝イチで取材よ!遅刻は厳禁行きましょ!」
ともだちにシェアしよう!