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第一章・7

 見る見るうちに顔色の悪くなる末の息子に目もくれず、父・武生は続けた。 「お相手は、有島 丞(ありしま じょう)さんだ。有島グループの次男で、第二性はアルファ。グループ内の会社を一つ経営しておられる」  淡々と語られる履歴など、翠の耳には入らない。  ただ、この降って湧いた政略結婚に動転していた。 (そんな。突然すぐに、結婚しなさい、だなんて) 「明日、この屋敷に来てくださることになっている」 (お父様。僕の意思を訊いてください) 「顔を合わせて、有島さんがお前を気に入ってくだされば、縁談を進めよう」 (僕の考えは、存在しないんですか?) 「心配するな。写真のお前を見て、先方は乗り気だ」  これで坂城家は、さらに盤石になる。  ひとつ頷き、武生はまた一口酒を含んだ。  その父の仕草に、表情に、翠は固く目をつむった。 (ダメだ。お父様には、逆らえない) 「話は終わりだ。もういい、行きなさい」 「はい……」  足元のおぼつかない翠を、執事が心配そうに支えた。 「翠さま、しっかりなさってください」 「うん、ありがとう」  ドアを開けてくれた執事に見送られ、翠は本屋敷から自分の住まう北の屋敷へとふらふら歩いた。

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