8 / 140
第一章・8
「いきなり知らない人と、結婚しなさい、なんて」
その場にうずくまってしまいそうになるのをこらえていると、駆け足の音が聞こえた。
「翠さま!」
「……涼雅!」
翠は、すがるように涼雅の体にもたれかかった。
「旦那様のところの、斎藤さんから内線がありまして。お迎えに上がりました」
心配そうに体を支えてくれた、執事の顔が思い浮かんだ。
(ありがたいな。すごく、ありがたいよ)
心の中で、翠は何度も彼にお礼を言った。
「失礼します」
ひょい、と涼雅は翠を背負った。
「だ、大丈夫だよ。自分で歩けるから」
「いいえ。このままお部屋へお連れ致します」
翠は、涼雅の広い背中のぬくもりを感じていた。
温かな、体。
「旦那様は、何とおっしゃったのですか? わたくしでよければ、話し相手に」
温かな、心。
「うん。涼雅になら、話そうかな」
思いを寄せる相手に、自分の縁談を伝える。
そんな悲しい気持ちを胸に、翠は涼雅の背中で揺られていた。
ともだちにシェアしよう!