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第四章・5

 ドアノブに手を掛けた涼雅に、武生の声が追い打ちをかけた。 「翠は、あのような状態である限り、坂城家の役にはたたん。有島さまとも破談になった」 「旦那様?」 「お前に、あれを任せよう。記憶が戻ったら、ここに帰ってくるように」 「旦那様、それはつまり」 「翠を連れて、どこにでも行くがいい。あれは、お前にはひどく懐いているしな」  あまりに惨い、子への仕打ちだった。 (蟄居にとどまらず、屋敷から追放なさるとは!)  だが、使用人が主人に逆らうことは許されない。 「承知いたしました。失礼いたします」  ドアを閉め、涼雅は大きな溜息をついた。 「どうかしたのか? 大丈夫か?」  武生の執事・斎藤が声を掛けてくれる。  それほど、涼雅はひどい顔をしていた。  眉間に指を当てて上に伸ばしながら、涼雅は斎藤に無理に笑顔を作った。 「旦那様に、お暇をいただいてしまいました」 「まさか、君が!?」 「ですが、これは私に任された大きな仕事とも思います」  そう。  翠さまを、任された。  あのお方の記憶を取り戻し、健康を取り戻し、またこのお屋敷の一員として顔を連ねられるようにする、重大な仕事だ。 「がんばります」 「無理はしないようにな。困ったことがあれば、すぐに連絡を」  ありがとうございます、と言い残し、涼雅は斎藤のもとを去った。

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