26 / 140
第四章・5
ドアノブに手を掛けた涼雅に、武生の声が追い打ちをかけた。
「翠は、あのような状態である限り、坂城家の役にはたたん。有島さまとも破談になった」
「旦那様?」
「お前に、あれを任せよう。記憶が戻ったら、ここに帰ってくるように」
「旦那様、それはつまり」
「翠を連れて、どこにでも行くがいい。あれは、お前にはひどく懐いているしな」
あまりに惨い、子への仕打ちだった。
(蟄居にとどまらず、屋敷から追放なさるとは!)
だが、使用人が主人に逆らうことは許されない。
「承知いたしました。失礼いたします」
ドアを閉め、涼雅は大きな溜息をついた。
「どうかしたのか? 大丈夫か?」
武生の執事・斎藤が声を掛けてくれる。
それほど、涼雅はひどい顔をしていた。
眉間に指を当てて上に伸ばしながら、涼雅は斎藤に無理に笑顔を作った。
「旦那様に、お暇をいただいてしまいました」
「まさか、君が!?」
「ですが、これは私に任された大きな仕事とも思います」
そう。
翠さまを、任された。
あのお方の記憶を取り戻し、健康を取り戻し、またこのお屋敷の一員として顔を連ねられるようにする、重大な仕事だ。
「がんばります」
「無理はしないようにな。困ったことがあれば、すぐに連絡を」
ありがとうございます、と言い残し、涼雅は斎藤のもとを去った。
ともだちにシェアしよう!