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第四章・6
「お出かけ?」
「はい。しばらくの間、お屋敷の外で新鮮な空気に触れましょう」
「涼雅さんと、一緒?」
「ええ。二人で、暮らします」
そこで翠は、明るい笑顔を見せた。
久々に見る、晴れやかな笑顔。
「涼雅さんと一緒なら、嬉しいな!」
その笑顔に目を細め、涼雅は彼の手を取った。
「何があろうと、わたくしはあなた様の味方です。お守り申し上げます」
「ありがとう、涼雅さん」
ああ。
まだ、涼雅、とは呼んでくださらないのですね。
それでも、空気は動いた。
(旦那様は、体のいい厄介払いと思っておいでかもしれないが)
何年かかろうと、翠さまの記憶を取り戻してみせる。
坂城家の一員として、認めさせてみせる。
涼雅は、鉄の意思を心に刻み込んだ。
「ね、涼雅さん。いつ出発するのかな。今すぐ?」
翠は、早く屋敷を出たそうな雰囲気だ。
無理もない、と涼雅は胸を痛めた。
意に添わぬ見合いをさせられ、そのうえ体まで蹂躙されたのだ。
嫌な記憶の残るこの場所からは、抜け出したいに違いない。
そこで涼雅は、気づいてしまった。
(記憶が戻れば、それらの陰惨な体験も思い出す、ということだ)
そんな惨いことを、翠さまに強いることになる。
希望と不安を胸に、涼雅はその場にたたずむしかなかった。
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