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第六章・2
「共にカフェを営む、か」
涼雅は暗い天井を眺めながら、独り言ちた。
不安は、ある。
人に慣れない翠に、客商売をさせても大丈夫か。
まだ記憶の戻らないうちに、こんな刺激を与えても平気なのか。
坂城家の医師と連携を取りながら、これまでは順調に進めてきた。
しかし、明日はいよいよオープンなのだ。
それだけで寝付けない、翠。
医師は、いい意味での緊張感を持っておいでだ、と言っていたが……。
涼雅は、手にした滑らかな翠の指にそっと口づけた。
「翠さまは、美味しいハーブティーを淹れてくださるだけで、いいですからね」
そして、それほど繁盛しなくても構わない。
郊外の、流行りそうもない立地を選んだのも、そういった思いからだ。
静かでのんびりとした、穏やかな生活。
それだけを、涼雅は求めていた。
翠のために、探していた。
深く、息を吸う。
翠の香りが、肺に満たされる。
「良い匂いだ」
翠への想いは、これまでずっと抑えてきた。
主人に恋慕することなど、許されないと堪えてきた。
しかし……。
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