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第八章 途方もなく甘いときめき
はぁ、と涼雅は溜息をついた。
これは珍しい、と翠はすぐさま彼に問いかけた。
「どうしたの?」
「わたくしは、情けないのです」
それは、朝食の席でのことだった。
翠は、焼き立てのクロワッサンを小さくちぎり、口に運んでいた。
パンは、その一種類のみ。
それを涼雅は、溜息のもとにしていた。
「お屋敷におられれば、もっとたくさんの種類のパンから、お好きなものを選べるというのに」
坂城家での朝食卓には、数種類のパンが常に用意されていた。
クロワッサンに、カンパーニュ。ベーグルに、マフィンに、バケット……。
その中から、食べたいものを翠は選んでいたのだ。
ところが今では。
「翠さま。明朝に召し上がりたいパンは、あられますか?」
「うん。久々に、クロワッサンが食べたいな」
こういう具合に、前夜に涼雅が訊ね、ホームベーカリーで焼く。
たった一種類の、パンのみを。
一朝に数種ものパンを用意する経済的余裕が、今は無いのだ。
それを憂いた涼雅の溜息だったが、翠は感謝していた。
「平気だよ。それに、いつも焼き立てのパンを、ありがとう」
「それだけが、救いです」
ところが、でも、と翠は続けた。
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