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第八章・5
「ね、青海くん。相談があるんだけど」
「何?」
カフェの休憩室で、翠は青海を頼っていた。
(言い出したのは、青海くんだもんね。責任、とってもらおう)
そんなわがままな言い訳を考えながら、翠は思いきって口にした。
「キスしたい時って、どんなシチュエーションに持って行けばいいのかなあ?」
「あ! 勇気ある!」
「声、大きいよ!」
しまった、と青海は素早く声を潜め、翠にささやいた。
「その気になったんだね。能登さんとの関係、一歩踏み出すんだね」
「できれば、と思ってる」
僕で良ければ知恵を貸すよ、と言ってくれた青海は、すでにキスの経験があるらしい。
「まずは、イベント。クリスマスとか、バレンタインデーとか」
今は6月だ。
残念ながら、望めない。
「じゃあ、誕生日」
翠の誕生月は、まだ先だ。
しばし考えていた青海だったが、名案を思い付いてくれた。
「いつもお世話をしてくれる、お礼。これは、どうかな」
「それ、いいかも……」
涼雅は、いつも僕を思っていてくれる。
身の回りの世話から、心のケアまで、全部。
「僕、やってみる」
「がんばって!」
翠は、記憶を失った後、初めて自分の足で前に一歩進みだした気がしていた。
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