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第八章・7
「じゃ、じゃあ、ね。涼雅さん、目を閉じて」
「なぜでございましょう」
「いいから!」
主人に命じられては、抗えない。
涼雅は、そっと瞼を閉じた。
無防備な表情の、涼雅の唇がそこにある。
翠は勇気を出して、静かに唇を合わせた。
(涼雅さん。涼雅さん、好き。大好き)
柔らかく温かなキスの時間は、途方もなく甘いときめくものだった。
「翠、さま」
涼雅は、真剣な顔つきでこちらを見ている。
「お体は、大丈夫なのですか。呼吸は? 具合が悪くあられませんか!?」
「うん、大丈夫。何ともないよ」
ほっとしたような、涼雅だ。
しかしそれは、翠にとっては、少し残念なリアクションだった。
「僕たち、キスしたんだよ? 感想がそれじゃ、ちょっぴり悲しいな」
「は! あ、いや。その、つまり……」
「今度は、涼雅さんからキスしてくれる?」
「それは、その!」
どうしたらいいんだ。
夢みたいだ。
本当に、翠さまが私と……!
涼雅は、翠に仕えるようになってから最も動揺していた。
この夜をどう過ごしていいのか、解らなくなっていた。
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