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第九章・2
「翠さま、お体の具合は?」
「すごく、心地いい」
「……わたくしも、でございます」
注意深くその身を、様子をうかがったが、翠に不快症状の気配はない。
(良かった)
これが引き金になって、翠が無残な過去を思い出すことを、ひどく恐れていた涼雅だ。
「やっぱり」
「何でしょう?」
「やっぱり、涼雅さんとキスしても大丈夫みたい。全然、気分が悪くならない」
好きな人とのキスは、素敵なものなんだね。
そう、翠ははにかんで微笑んだ。
「もう、お休みください」
「うん。ありがとう」
おやすみ、と翠は涼雅の胸に深く体をうずめた。
(翠さま)
胸の内で、その名を今一度呼ぶ。
気付かない間に、自分の彼に対する愛情は溢れかえっていたことを、今知った。
(これも、坂城家の医師に報告すべきこと、なんだろうな)
少し気恥ずかしいが、大切な翠の心身に関する、重要なデータだ。
明日の朝、メールを送ろう。
そう決めて、涼雅も瞼を閉じた。
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