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第九章・6

 嫌だ。  僕、汚された。  初めてを、奪われちゃった。  絶望の淵に居た時に、翠は声を聞いた。 「……誰?」 「翠さま」  落ち着いた、柔らかい低音。  耳に心地よく響く、優しい声。 「涼雅?」 「そうです。翠さま、こちらへ」  手を差し伸べてくる、涼雅の姿がそこにはあった。 「え? あれっ?」  気付くと、翠は素裸だ。  しかし、それをなぜか恥ずかしいと思わない自分だ。 (なぜだろう。僕、涼雅の前では、恥じらいがない)  その手を取られ、翠は涼雅の胸に飛び込んだ。  深い胸に、いだかれた。  心臓の鼓動が響き、血の巡りが感じられる。  生きている。 (僕は、生きてるんだ)

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