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第十章・4

「子どものころを、思い出すな」  幼い頃の翠もまた、こうして涼雅とバスを楽しんだことがあるのだ。 「ね、涼雅。今、何を考えてる?」 「童謡を」 「童謡?」 「はい。ただいま『七つの子』の二番を唱えておりました」  ぷう、と翠は唇を尖らせた。 「嘘でもいいから、僕のことを考えてる、って言って欲しかったよ」 「し、失礼いたしました」  翠のことを想い過ぎて、童謡を歌っていたのだが。  一方の翠は、ドキドキしながらも安らぎを感じていた。 (涼雅と素肌を合わせても、気分が悪くならない)  有島に撫でまわされた時は、吐き気を覚えたというのに。  ああ、と翠は深い息をついた。 (涼雅になら、撫でられてもいい……、かも?) 「うぁ!」 「どうなさいました、翠さま」 「な、何でもない!」  僕ったら、何てことを!  後はもう、100まで数えて翠はバスタブから出た。  涼雅は素早く先回りをし、タオルを準備する。 「翠さま、どうぞ」 「ありがとう」  さすがに、拭いて欲しい、とは言われなかったので、安堵した涼雅だ。  緊張のバスタイムは、ようやく終わった。

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