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第十五章・5
武生との面談は、すぐには実現しなかった。
3年先まで、スケジュールが埋まっている男だ。
急な用向きは、調整が必要だった。
それでも、彼は10日後の夜に翠を呼び寄せた。
体調や、暮らしの心配の言葉は無い。
ただ、執事の斎藤を通して面会の日時を伝えただけだった。
「お父様、相変わらずだな」
坂城の屋敷へ向かう車中で、翠は口数が少なかった。
「緊張しているかい?」
「……うん」
「大丈夫。私がついてる」
「そうだね。そうだよ」
武生は、涼雅を面談に同席させることを認めてくれた。
それだけでも、大きな一歩だと翠は考えていた。
ほどなくして、宵闇に坂城邸が浮かび上がって来た。
門の付近にいる警備員に、涼雅が身分証を見せる。
すぐに門は開けられ、車は屋敷の敷地内へ滑り込んだ。
「久しぶりだけど、お屋敷はちっとも変わってないなぁ」
翠は窓を開け、邸宅への道に並ぶ木立の香りを吸い込んだ。
「いい匂い」
梅雨時の慈雨を受け、瑞々しく茂る青葉。
植物は、翠の緊張をほぐしてくれた。
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