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第4話*
突然声をかけたから、驚かせてしまったのだろうか。
距離感を間違えた。
「さっきの子はよくここへ?」
いくつか珍しい色の絵の具を手に取り、レジへ向かう。
店員の男は不思議そうな表情を浮かべながら、
俺の持って行ったそれを袋へ入れた。
「まあ…。」
「頼まれたと言っていたけど、
どこかのアトリエで雇われているのかな。」
「そんな事私は知りません。」
…まあ、そうだよな。
ふらふらと旅をするうちに、俺のような駆け出しの絵描きやこの地で精を出す作家たちを沢山見てきた。
けれど…
あの子ほどキラキラと輝いた瞳で絵具を眺める子には出会ったことがない。
きっと、俺なんかよりずっと
汚れの無い心を持っている素敵な子なんだろう。
そう思って、声をかけた。
あまりにも突然すぎた故、
驚かせた上に逃げられてしまったんだけど。
「よく来るんですか?あの子は。」
店員は大きくため息をついて
呆れたように俺を見る。
なんだよ、愛想悪いな。
「あんなもの見たくもないからわかりませんね。」
「はあ?…その言い方はないでしょうに。
彼はれっきとした客ですよ?」
あまりに非道な店員にカチンと来た。
だってあの子はあんなに、この店の商品をまるで宝石を見つけたかのように麗しそうに眺めていたのに。
「…あんたほどの変わり者を私は見たことがないよ。
随分と物好きだね。異国人か。」
「…あなたに聞いた俺が悪かった。
まあいいや。毎日ここに通えばいつかまたあの子に会えるんだろう?」
呆れて物も言えないとでも言いたそうな店員を無視して、俺は店を出た。
これ以上この店員の相手をするのも気分が悪い。
結婚まで考えている恋人の反対を押し切って、一人でヨーロッパの地へ足を踏み入れた。
以前から、ここらは芸術が盛んだと聞いていて、
一流の絵描きを目指す者として一度は来てみたい土地ではあったのだが…。
海を渡って一人でやってきた俺なんかがそう簡単に売れる筈もなく、
小さなアトリエでただひたすらに絵を描く毎日。
一つの絵を仕上げるまでの労力や費用には到底満たない収入しか得られず、田舎を出た時よりもかなり痩せてしまった。
それでもこんなことを続けられるのはやはり自分自身、絵を描いている時が一番幸せを感じられるからで。
彼も、俺と同じなのかと思ったのに。
店に入る前、ふと目についた小柄の男の子があまりにも輝いた目をしていたから。
体中を絵の具で濡らし、少しも着飾らないその姿が
今までに見てきた作家の中で一番綺麗だったから、あの店に入った。
彼と、話してみたくて。
皆が助け合って生きている生まれ故郷の田舎と違い、
異国の街では未だにΩに対する扱いが酷いと聞く。
あの子もそんなつまらない理由で、
好きなことを制限されたり
あんな風に店員に冷たい態度を取られたりするんだろうか。
“頼まれただけ。”
そう言っていたけれど、
大切そうに袋を抱える右手には、べったりと絵の具がついていた。
買い物を頼まれるだけじゃああはならない。
あの子の描く世界は一体どんな物なんだろう。
また、会えるだろうか。
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