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第5話

作業部屋に戻り、真新しい絵の具のチューブをパレットに絞った。 変わり者に言われたことを、簡単に真に受けてしまうのはいけないことだとわかっている。 わかっているけど。 汚いって…言われなかった。 それどころか、絵描きなんですか?なんて。 …絵描き。 僕が、絵描き…。 そんな風に言われたのは初めてで、 どうしても頭の中に強く残っている。 心拍が高鳴って、なんだか無性にやる気が満ちた。 彼の顔は僕たちとは少し違う作りをしていたから 恐らく異国の人。 きっと彼の生まれた国は誰もが優しくて 汚れなんて存在していない美しい世界が広がっているんだ。 だから、僕にあんな優しい目が出来たんだ。 まるで彼と僕が対等であるかのような態度が出来たんだ。 彼はどんな世界を見ていたのかな。 そうだな、例えばーー…。 紙に描くものは決まっている。 だけど、どうせ洗ってしまうものなら どうせすぐに色んな色を混ぜてしまうものなら。 僕は、パレットの上に空を描いた。 青い空。 雲間からのぞく日の光。 太陽を描きながら、思い出すのは──。 「おい何してんだ!」 「…あ、」 つい、夢中になってしまっていた。 いつもならすぐに気がつく作家様の足音が、こんなに近くに来るまで気付かないなんて。 …どうか、していた。 「…みません、すぐに──」 「作業をほったらかして何をしているかと思えば… っは。呆れるな、なんだそのお絵かきは。」 おえ、かき………? ガツンと鈍器で頭を殴られたような気がした。 体に傷をつけるより、 ずっとずっと大きな痛みが全身を襲った。 人に無理な注文ばかりしておいて 自分は何もしないくせに …僕の描く世界はお絵かきだ? 好き勝手言うのも大概にしろよ。 「あぁ?…なんだその目は。 俺に喧嘩売ってんのか!」 「違っ…。」 「まぁいい。こんなことしてサボってる暇があるって事は この絵、今晩のうちに完成させられるって事だもんなあ?」 …は? 目の前に広がるまだ半分も完成していない絵を見つめた。 こんなもの、一晩で完成させられるはずがない。 曲線を描く女性 女性の周りには沢山の赤ん坊と 背景はステンドグラスの張り巡らされた教会。 聖母マリアと天使を描くには 少なくともあと3日… 肌も、羽も乾いていないと言うのに この人は不可能だと言うことをわかっていて僕にそれを強いるんだ。 もし、日が昇って完成していなかった暁には きっと僕の命は…無い。 「………かしこまりました。」 「ふん。せいぜい頑張るんだなぁ、このクソΩ。」 「っう!」 僕の“お絵かき”を顔面に投げつけて、作家様はとっとと作業部屋を出て行ってしまった。 頬に貼り付いた絵の具の感触が気持ち悪い。

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