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第8話

胸が苦しくなって、息が上がって、 空はどんどん明るくなって。 …潮の匂い、だいぶ近くなった。 もうすぐだ。 間に合え…! 大きな坂を上り切れば、今まで絵や想像でしか見たことのなかった煌びやかな波と、どこまでも続く海。 枠や線で仕切られることのないそれは とても言葉では言い表せない壮大さを纏って、 沖の方からは橙色の明かりが少しずつ輝きを増していった。 「………わ、」 これが、海。 これが、日の出。 これが、何度も思い描いたあの景色。 と、その時後ろから足音が聞こえることに気づいた。 突如、体が強張る。 誰か来た。 誰だ。 聞き慣れないその足音は、少なくとも作家様ではないことだけは確かだ。 でも、もしかして作家様によって繰り出された追手かもしれなくて。 恐る恐る、音のする方に振り返る。 「はぁ、はぁ……間に合った〜!! …って、あれ?君は昨日のーー…。」 「っ!」 足音の主は、この1日片時も頭から離れてくれなかった 彼だった。 「あっはは。偶然だね、君も日の出を見にここへ?」 「…はい。」 「ふふ、そうなんだ。 …ほら、太陽!昇ってきたよ。」 「………ほんと、だ…。」 海の向こう側。 まるで異世界のような空間が、そこには広がっていた。 すごく鮮やかで、 でもたった一言“綺麗”なんて言葉じゃ勿体ない。 絵で見るより、頭で思い描くより、ずっとずっと――。 「…晴れた日はこうしてよく日の出を見に来るんだ、俺。」 隣で聞こえたその声にハッとして、 どこかに行ってた意識を慌てて呼び戻す。 「…僕は、初めて見ました。」 「え?初めて?」 彼の不思議そうな顔が逆に不思議だった。 もしかして、彼のように自由があればこの景色を何度も見られるのは普通のことなのか。 …そう彼に問いかけようと瞳に目を向ければ 煌めく太陽と海の水が映っていて 目を奪われた。 実際に見るそれとは違って 暗い瞳の上に描かれたその景色は どこまでも深い彩で 実際に景色を見るよりも、美しい。 しばらく見入っていれば、真っ暗なキャンバスは海を消して 代わりに醜い1人の人間を映し出した。 「…ねえ、俺のこと見過ぎ。」 「はぇ?!」 ああぁぁっ。 やってしまった、つい。 「何か俺の顔についてたかな?」 「…ち、違うんです…。 ただ、あなたの瞳に映る景色が…すごく綺麗で。」 怒られる。 僕なんかがあなたと瞳を交わらせてしまったら きっとあなたは不快に思って きっとあなたを汚してしまう。 そう思ったのに。 「…っははは!君、本当に素晴らしい感性を持っているんだね。」 怒るどころか、彼は楽しそうに笑っていて 「どう?結構よかった?俺の目に描かれた景色は。」 「………眩しかった、です…。」 太陽なんかより、あなたのほうが ずっとずっと眩しかった。

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