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第9話

「あ、そうだ!君今時間あるかな?」 「ひぇ?!あっ…はい……。」 大きなバッグを肩から下ろし、彼は地べたに数え切れないほどの絵の具と筆を広げ出す。 その中には、僕があの店で見つけた不思議な色も 作家様が好まず触れられなかった色も、全部揃っていた。 …ここは、天国か何かですか。 僕はもう既にもしかして、三途の川をーー 「よかったら、君の描いた絵を見せてくれないかな?」 耳元で聞こえたその声でハッと我に返る。 うん…死んではなかったみたいだ。 「僕の…絵を?」 隣であぐらをかく彼は、一つも嫌そうな顔を見せずに僕の方を見る。 彼の私物を使っても良いということだろうか。 …嫌じゃないのかな、そんなことして。 僕はこんなに汚いのに。 「なんでもいいよ?…あぁ、そうだ。 君が今まで見てきた中で一番綺麗だったものを描いてよ。」 君の見る景色を見てみたい、なんて よくわからないことを言って楽しそうに笑う彼をみて 目に見えるものなんて同じようなものだろうと思ったけれど、 どうにも優しすぎる表情をしていたものだから …そんな、切り捨ててしまうような言葉は喉の奥で留まった。 僕の見てきた中で、一番か。 「僕の描く絵は“おえかき”だって笑われましたよ。 ……それでもいいんですか。」 「そんなの関係ない。俺は君の絵を見てみたい。」 「……。」 僕にとって、一番綺麗だと思うもの。 作家様に描かされてきた無数の絵、 店に並んだ色んな色の絵の具。 たくさん浮かんだ。 だけど、一番はきっとーー。 僕は彼に差し出された筆を持った。 あの感動を少しも忘れないうちに あの鮮やかな煌めきが、まだ鮮明に焼き付いているうちに。 薄い色から、とか 乾くまで、とか そんな当たり前のことすらも忘れてひたすらに描き殴った。 それを隣で見つめる彼の くりんと大きな瞳に映ったあの景色。 どこまでも、どこまでも深い藍色をしていて その中に映る橙色は 藍色に塗りつぶされながらも 確かに輝きを放っていて。

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